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大鵬のゆくえ
おおとりのゆくえ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「銅銭会事変 短編」 国枝史郎伝奇文庫27、講談社
1976(昭和51)年10月28日
初出「サンデー毎日」1925(大正14)年1月11日
入力者阿和泉拓
校正者湯地光弘
公開 / 更新2005-03-21 / 2014-09-18
長さの目安約 102 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

    吉備彦来訪

 読者諸君よ、しばらくの間、過去の事件について語らしめよ。……などと気障な前置きをするのも実は必要があるからである。
 一人の貧弱い老人が信輔の邸を訪ずれた。
 平安朝時代のことである。
 当時藤原信輔といえば土佐の名手として世に名高く殊には堂々たるお公卿様。容易なことでは逢うことさえ出来ない。
「そんな貧弱い風態でお目にかかりたいとは何んの痴事! 莫迦を云わずと帰れ帰れ」
 取り次ぎの者は剣もホロロだ。
「はいはいごもっともではござりますが、まあまあさようおっしゃらずにお取り次ぎお願い申します。……宇治の牛丸が参ったとこうおっしゃってくださいますよう」
 爺はなかなか帰りそうにもしない。
 で、取り次ぎは内へはいった。
 おりから信輔は画室に籠もって源平絵巻に筆をつけていたが、
「何、宇治の牛丸とな? それはそれは珍しい。叮嚀に奥へお通し申せ」
「へへえ、さようでございますかな。……あのお逢い遊ばすので?」取り次ぎの者は不審そうに訊く。
「おお、お目にかかるとも」
「そこでお伺い申しますが、宇治の牛丸と申す爺、本性は何者でござりましょうや?」
「妖怪変化ではあるまいし、本性などとは無礼であろうぞ。宇治の牛丸と申すのは馬飼吉備彦の変名じゃわい」
「うへえ!」
 と取り次ぎの山吹丸はそれを聞くと大仰に眼を丸くしたが、
「馬飼吉備彦と申しますれば本邦第一の物持ち長者と、かよう聞き及んでおりましたが……」
「その長者の吉備彦じゃわい」
「それに致してはその風態があまりに粗末にござります」
「ほほう、どのような風態かな?」
「木綿のゴツゴツの布子を着……」
「恐らくそれは結城紬であろう」
 まさか藤原氏の全盛時代には結城紬などはなかった筈。
 それはとにかく吉備彦は館の奥へ通された。それお菓子、それお茶よ。それも掻い撫での茶菓ではない。鶴屋八幡の煎餅に藤村の羊羹というのだからプロの口などへははいりそうもない。
 ややあって信輔があらわれた。
「よう見えられたの吉備彦殿」
「これはこれはご前様。ご多忙中にもかかわらず、お目通りお許しくだされまして、有難い仕合わせに存じます」
 ――とにかくこういう意味のことを吉備彦はいったに相違ない。昔の会話はむずかしい。それを今に写そうとしても滅多に出来るものではない。武士は武士、公卿は公卿、ちゃアんと差別があった筈だ。それをいちいち使い分けて原稿紙の上へ現わそうとするには、一年や二年の研究では出来ぬ。よしまたそれが出来るにしても、そうそう永く研究していたでは飯の食い上げになろうというもの。
「ところでわざわざ遠い宇治から麿を訪ねて参られた。火急の用のあってかな」
 信輔は不思議そうに訊いたものである。
「火急と申すではござりませぬが、是非ともご前の彩管を煩わしたき事ござりまして参上致しましてござります」
 ……

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