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『十八時の音楽浴』の作者の言葉
『じゅうはちじのおんがくよく』のさくしゃのことば
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 別巻1 評論・ノンフィクション」 三一書房
1991(平成3)年10月15日
初出「十八時の音楽浴」1939(昭和14)年5月5日
入力者田中哲郎
校正者土屋隆
公開 / 更新2005-07-23 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 この書は、僕の科学小説集の第三冊目にあたる。
 この前、同じ版元から『地球盗難』を刊行したが、これは意外に好評であった。この『地球盗難』はその後、三夜連続のラジオドラマとして放送され、更に好評を博した。それでいよいよ待望の科学小説時代が来たらしいと思ったわけであったが、途端に日中戦争が始まり、出版界は大動揺を来たした。読書界も、急に落着を失い、或いは方向転換をしたり、或いは廃刊や出版止があったりして、それ等のことはどっちかいうと意味なく騒ぎを惹きおこし、そして拡大した。戦争前、今こそ科学小説時代が約束されたと僕が思ったのもほんの束の間のことで、編集者の狼狽でもって、意味もなく、この約束もどこかにけし飛んでしまったというような形だった。
 僕にいわせるなら、あのとき科学小説時代の約束が反古になるべき何等本質上の理由はなかったと思う。いやむしろ、本質的には、あのとき科学小説が一段と栄えてしかるべきであったと思う。渡洋爆撃への驚嘆、快速戦車部隊への刮目、敵の空襲や迫撃砲や機関銃に対する悲憤、それからまた軍需品製造への緊張、科学戦時代を迎えて青少年といわず老幼男女を問わず国民全体を科学教育することへの逼迫などと、あらゆる材料が読書界を科学小説時代へ持ってゆくための好条件であったのだ。しかも事実はそれに反して、科学小説時代はついに来なかった。純文芸の復興や、卑猥[#「卑猥」は底本では「卑擡」]小説の擡頭などの計画とともに、十把一からげの有様で、ついに科学小説時代の件もがらがらと崩れてしまったのである。これでは本質的には何とも説明のつけようがない。味噌も糞も見分けがつかないほど、編集者が大狼狽した結果であるというしかいいようがない。科学小説にとっては、まことに不運なことであった。
 尤も僕は、今日の編集者が、どれだけ正しく科学小説を育て得られるか、その点について予て大きな疑問を持っている。僕の結論をはっきり先に述べると、今日の編集者は、科学が普及しない時代に教育をうけた人達であり、また科学畑から出た人がほとんど見当らないところからいって、本質的に科学の味がわからないのである。だから科学物を取扱うためには、非常な勉強が入用だ。この勉強が嫌いな編集者だと、ついに科学小説的色盲となる虞れがあるようにおもう。
 それに反し、科学小説をたいへん悦んでくれ、そして科学小説の味を理解してくれるのは青少年層だ。この人達は、科学が普及した今日の時代において教育され、そして科学隆興の中に刺戟をうけ、科学というものに大きな興味をもっている。だから科学小説がその嗜好に投ずるのである。
 いかにこの青少年層が科学小説に対し熱意をもっていてくれるか、それは恐らく今日の多くの編集者も知らないし、多くの作家も知らないところであろうが、実に熾烈を極めている。この青少年たちが次の時代において大人になり、…

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