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閑人詩話
かんじんしわ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「河上肇全集 21」 岩波書店
1984(昭和59)年2月24日
初出「河上肇著作集第9巻」筑摩書房、1964(昭和39)年12月15日
入力者はまなかひとし
校正者林幸雄
公開 / 更新2008-10-08 / 2014-09-21
長さの目安約 35 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 佐藤春夫の車塵集を見ると、「杏花一孤村、流水数間屋、夕陽不見人、[#挿絵]牛麦中宿」といふ五絶を、

杏咲くさびしき田舎
川添ひや家をちこち
入日さし人げもなくて
麦畑にねむる牛あり

と訳してあるが、「家をちこち」はどうかと思ふ。原詩にいふ数間の屋は、三間か四間かの小さな一軒の家を指したものに相違なからう。古くは陶淵明の「園田の居に帰る」と題する詩に、「拙を守つて園田に帰る、方宅十余畝、草屋八九間」云々とあるは、人のよく知るところ。また蘇東坡の詩にいふところの「東坡数間の屋」、乃至、陸放翁の詩にいふところの「仕宦五十年、終に熱官を慕はず、年齢八十を過ぎ、久く已に一棺を弁ず、廬を結ぶ十余間、身を著けて海の寛きが如し」といふの類、「間」はいづれも室の意であり、草屋八九間、東坡数間屋、結廬十余間は、みな間数を示したものである。杏花一孤村流水数間屋にしても、川添ひに小さな家が一軒あると解して少しも差支ないが、車塵集は何が故に数間の屋を数軒の家と解したのであらうか。専門家がこんなことを誤解する筈もなからうが。
 「遠近皆僧刹、西村八九家」、これは郭祥正の詩、「春水六七里、夕陽三四家」、これは陸放翁の詩。これらこそは家をちこちであらう。

                ○

 孟浩然集を見ると、五言絶句は僅に十九首しか残つて居ないが、唐詩選にはその中から二首採つてある。しかし私は取り残してある「建徳江に宿す」の詩が、十九首の中で一番好きである。それはかう云ふのだ。

移舟泊烟渚    舟を移して烟渚に泊せば、
日暮客愁新    日暮れて客愁新たなり。
野曠天低樹    野曠うして天樹に低れ、
江清月近人    江清うして月人に近し。

 小杉放庵の『唐詩及唐詩人』には、この詩の起句を「烟渚に泊す」と読み切つてあり、結句を「月人に近づく」と読ませてある。しかし私は、「烟渚に泊せば」と読み続けたく、また「月人に近し」と、月を静かなものにして置きたい。
 なほ野曠天低樹は、舟の中から陸上を望んだ景色であり、そこの樹はひろびろとした野原の果てにある樹なので、遥に人に遠い。(近ければ野曠しと云ふことにならない。)次に江清月近人の方は、舟の中から江を望んだ景色であらう。そして江清しと云ふは、昼間見た時は濁つてゐたのに、今は月光のため浄化されてゐるのであらう。月はもちろん明月で、盥のやうに大きく、ひどく近距離に感じられるのである。私は明月に対し、月が近いとは感じても、月が自分の方へ近づいて来ると感じ〔た〕ことはない。で月人に近しと読み、月人に近づくと読むことを欲しない。

                ○

 孟浩然の詩で唐詩選に載せられて居るものは七首あるが、その何れにも現れて居ない特徴が、全集を見ると眼に映じて来る。それは同じ文字が一つ詩の中に重ね用ひられて居ると云ふこと…

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