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編輯後記(大正十五年九月号)
へんしゅうこうき(たいしょうじゅうごねんくがつごう)
副題『青空』記事
『あおぞら』きじ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「梶井基次郎全集 第一卷」 筑摩書房
1999(平成11)年11月10日
初出「青空」1926(大正15)年9月号
入力者土屋隆
校正者高柳典子
公開 / 更新2005-05-23 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 同人の大部分が歸省中の編輯の任に當り、それを全うする積りであつたが、十七日に點呼があるので、殘務を中谷や外村や小林にあづけ十六日の朝東京を立つた。
 全くこの夏は暑かつた。平常は無爲な私も事務に追はれて、アスフアルトが弛んでゐるやうな街を歩いた。少し健康は害してゐたが、日によつてはその暑熱が私を街へ誘惑することもあつた。松住町から湯島臺へ上つて行く左手のバラツク屋根のなかゝら、茫然とした空に向つてへんにどぼーん/\と立つてゐる四五本の銀杏樹――それにははつきり誘惑された。そして私は赫々とした炎天の下で、烈しく鋭い精神を私の裡に感じたのである。
 靄の深い黎明の空氣のなかに蜩が鳴きはじめる時分自分はよく眼を醒して窓を明けた。まだ消えない電燈が靄のなかに霞んでゐる。露にたるんだ蜘蛛のいが物からは遠い空中にかゝつてゐる。そして私の窓の下に眞白い眞夏の花の茉莉花は咲き匂つてゐた。
 寐てゐて聽く蜩の聲。それは三田文學に出てあつた葛目氏の短篇亡母と蜩を讀んでゐた私に感懷は深かつた。そして枕邊をヒタヒタとゴム足袋で石段を下りる人の足音が響いてくるのだ。――私はまた一時間か二時間の睡に入る。
 曉を一番早く知らせる蜩は、夕方にも一番早くに鳴く。晝顏は雜草のなかに凋みはじめ、打水された板塀からは水がぽた/\落ちてゐる。飯倉、植木坂。街で疲れて來てもそんな時刻に遇へば私の心も全く蘇るやうに思へた。
 四日には逗子の飯島が急にまた腎臟が惡くなつて東京へ歸つて來た。去年の冬以來健康だつた外村もこの夏は病氣だつた。然し中谷小林は共に緑に圍まれた郊外の夏に籠つて、シツラーやリラダンに餘念なく、いゝ生活をしながら今度の原稿を齎らして呉れた。それは私の大きな喜びだつた。私を手傳つて呉れてゐた忽那も六日には郷里の方に立つて行つた。歸省中の同人は各々郷里から間違ひなく同人の義務を果してくれ、いい消息を呉れ、見舞つてくれた。ほんたうに青空はどんなにいゝ同人を持つてゐることか、私はつくづくさう思ふことがあつた。そして屡々顏を出して呉れる外村と將來のことを話しては元氣になつた。
 來年の三月には五人の同人が卒業する筈だ。それに從つて編輯の模樣も變るだらうが、その劃策は熟して來てゐる。十五日に在京の同人が集つたとき十一月號には紙數に制限をつけない力作を持寄つて特別號を出さうかといふ話も出た。青空はぐん/\伸びてゆく、何者がそれを阻むことが出來よう。
 大阪へ歸つて點呼を受けた。一年振で軍人の云ふことにも變りが見える。が平常どんなところでもあらはに聞かなかつた言葉をあんなに露骨に云はれるとなにより先に全く變な氣になる。全く變な氣に。――明日頃は伏見へ淀野と清水を訪ねて行く積りだ。清水は今展覽會へ出す畫が繪具にかゝつてゐるので九月號に何か書く筈のところ書けなかつた。淀野も、作の大きいのと、一字一句の必…

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