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ちょうさきかん
作品ID43711
著者中井 正一
文字遣い新字新仮名
底本 「中井正一評論集」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年6月16日
初出「思想」1952(昭和27)年4月
入力者鈴木厚司
校正者宮元淳一
公開 / 更新2005-05-04 / 2014-09-18
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 1

 西洋の近代文明の特徴の一つは、科学的・実証的精神である。この精神によって人間は解放せられ、民主的社会が形成せられ、産業技術が発展したのである。近世以前には東洋は西洋よりもむしろ高い文明をもっていたのであるが、近世において急速にたちおくれてしまった。その根本的原因は科学的・実証的精神の未発達に求められるであろう。
 西洋においても、産業革命以前までは、経済財の生産は手工業によってなされたのであるが、その生産様式の下においては、生産技術の獲得は、徒弟として年季奉公をしながら修得するという有様であった。その他のあらゆる職業分野においても、知識を獲得する方法は、すべてこのような形式によっていた。すなわち、個人から個人へ、秘伝として伝えられる、といった様式である。そこでは、職人気質、名人芸といったものがはばをきかす。このような方法で生産された手工業品には、人間的な味わいが多分に含まれていて、芸術味の高いものであった。
 だが、このような生産様式は、産業革命によって一変された。手工業生産から工場制生産へと発展し、生産過程における個人的人格的なものは姿を没した。同じ類型の大量の労働者が集合して生産に従事し、同質的・均一的な製品を大量に生産するようになった。大量の生産、スピードある生産をなすには、工場制工業でなければならない。工場制工業は、その生産技術においても、またその経営技術においても、たえず新機軸を採用し、合理化しつつ、その能率を高めてきた。産業革命に端を発した生産能率の革命は、やがて社会のすべての分野に浸透して、社会生活全体の能率が高められてきた。これらの点において、東洋諸国は西洋の先進諸国に比して、はるかにたちおくれている。戦前までの日本は、東洋の中では最も生産能率の高い国であったが、しかし一部の輸出工業や軍需工業の高能率とは雲泥の相違のある低能率の農業に、人口の半分もが従事しているという、跛行的な進化の状態であった。社会全体がバランスして能率化している、という先進国の形態にはなお大きな隔たりがあった。

 2

 高度の産業技術を基盤として成り立っている現代社会の構造は、複雑であり、かつその動きはスピード化されておる。かかる環境の中にあっては、個人の「かん」とか「はら」で仕事をすることは不正確で誤算が多く、結局は失敗して淘汰されてしまう。そこで、どんな事業をするにしても、綿密な科学的調査研究をなしとげた上でスタートしなければならなくなった。もとより人間の知識は、いつの時代にも、全能ではないから、ある限界があって、最後の決断は「かん」なり「はら」なりに頼るほかはない。しかし、充分な調査研究をとげた後の「かん」や「はら」は、調査研究を経ない前のいわば盲目的・猪突的な「かん」や「はら」とはちがう。今日の文明国では、営利事業を経営するばあいにも、あるいはまた政…

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