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寒山拾得縁起
かんざんじっとくえんぎ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の文学 3 森鴎外(二)」 中央公論社
1967(昭和42)年2月4日
入力者佐野良二
校正者伊藤時也
公開 / 更新2000-09-12 / 2014-09-17
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 徒然草に最初の仏はどうして出来たかと問われて困ったというような話があった。子供に物を問われて困ることはたびたびである。中にも宗教上のことには、答に窮することが多い。しかしそれを拒んで答えずにしまうのは、ほとんどそれは[#挿絵]だというと同じようになる。近ごろ帰一協会などでは、それを子供のために悪いと言って気づかっている。
 寒山詩が所々で活字本にして出されるので、私のうちの子供がその広告を読んで買ってもらいたいと言った。
「それは漢字ばかりで書いた本で、お前にはまだ読めない」と言うと、重ねて「どんなことが書いてあります」と問う。多分広告に、修養のために読むべき書だというようなことが書いてあったので、子供が熱心に内容を知りたく思ったのであろう。
 私はとりあえずこんなことを言った。床の間にさきごろかけてあった画をおぼえているだろう。唐子のような人が二人で笑っていた。あれが寒山と拾得とをかいたものである。寒山詩はその寒山の作った詩なのだ。詩はなかなかむずかしいと言った。
 子供は少し見当がついたらしい様子で、「詩はむずかしくてわからないかもしれませんが、その寒山という人だの、それと一しょにいる拾得という人だのは、どんな人でございます」と言った。私はやむことを得ないで、寒山拾得の話をした。
 私はちょうどそのとき、何か一つ話を書いてもらいたいと頼まれていたので、子供にした話を、ほとんどそのまま書いた。いつもと違って、一冊の参考書をも見ずに書いたのである。
 この「寒山拾得」という話は、まだ書肆の手にわたしはせぬが、多分新小説に出ることになるだろう。
 子供はこの話には満足しなかった。大人の読者はおそらくは一層満足しないだろう。子供には、話したあとでいろいろのことを問われて、私はまたやむことを得ずに、いろいろなことを答えたが、それをことごとく書くことは出来ない。最も窮したのは、寒山が文殊で拾得は普賢だと言ったために、文殊だの普賢だののことを問われ、それをどうかこうか答えるとまたその文殊が寒山で、普賢が拾得だというのがわからぬと言われたときである。私はとうとう宮崎虎之助さんのことを話した。宮崎さんはメッシアスだと自分で言っていて、またそのメッシアスを拝みに往く人もあるからである。これは現在にある例で説明したら、幾らかわかりやすかろうと思ったからである。
 しかしこの説明は功を奏せなかった。子供には昔の寒山が文殊であったのがわからぬと同じく、今の宮崎さんがメッシアスであるのがわからなかった。私は一つの関を踰えて、また一つの関に出逢ったように思った。そしてとうとうこう言った。「実はパパアも文殊なのだが、まだ誰も拝みに来ないのだよ」
大正五年一月



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