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易者の哲理
えきしゃのてつり
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「萩原朔太郎全集 第五巻」 筑摩書房
1976(昭和51)年1月25日
入力者桑田康正
校正者小林繁雄
公開 / 更新2005-02-21 / 2014-09-18
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 すべての易者たちは、彼の神祕な筮竹を探りながら、威嚇するやうな調子で言ふ。人間の一生は、天に於ける九星の宿位によつて、生れた最初の日から死ぬ時まで、必然に避けがたく豫定されてる。それ故に我々は、星占學の記入された簿記を調べて、君の生涯の第一頁から、奧付の終頁までを、確實に誤りなく、讀むことができるのであると。
 此處までの思想で見れば、易者の哲理は決定論に類屬して居た。それは科學の宇宙觀や、唯物主義の人生觀と同じく、すべての現象を、それの生ずる前提條件の因果にたづね、偶然のない宇宙――宿命的、數學的に決定された人生――を説明して居るのである。けれども若しさうだつたら、何人も決して易者の占筮を乞はないだらう。何故といつて我々の運命は、易者の言ふ如く、過去にも、現在にも、未來にも、必然的に避けがたく決定されてる。丁度日影に蒔かれた貧弱の瓜の種から、一つの貧弱の苗が生え、蔓が伸び、やがて貧弱の實が成るやうに、人間の生涯もまた、最初の種と原因とに、すべての發展する將來の結果を内因して居る。瓜がいくら熱心に願つたところで、その他の何物にもなり得る筈がなく、星占學の簿記に書かれた人間の一生は、どんなインキ消を使用しても、斷じて消すことも變へることも出來ないのである。
 さてそれならば、易者がどうして人の運命を自由に變化し、未來の幸福を指示することができようか。易者に聞いても聞かないでも、豫定された未來の不幸は、必ず避けがたくやつて來る。さうして若しさうだとすれば、人は未來の運命から眼を閉ぢ、故意に知るまいとして努めるだらう。どんな物好きの死刑囚も、自分の刑の執行日をわざわざ看守に尋ねはしない。すべての人々は、未來を豫知できない故に生きながらへてる。だれがわざわざ、自殺するために易者の店を訪ふだらうか。逆に却つて人々は、星占學の辻占から、未來の漠然たる幸福――幸福があるだらうといふ運命の豫約――を期待して居る。そしてまた(皮肉なことには)いやしくも易者を訪ふほどのすべての人は、過去にも現在にも不運であり、それ故にまた將來の幸運さへも、概して豫想できないところの人々である。
 すべての易者と星占家(家相家や、人相見や、八卦師や)は、かうした彼等の所謂亡者どもを濟度するため、矛盾にも此處で前説を豹變し、逆に今度は、意志の自由が運命を支配すること、自覺と心がけとによつて、何人も意識的に人相を變へ、惡しき手相を善き手相にし、自由に運命を支配し得ることを辯解する。かくも辻ツマの合はない非論理を、彼等は平然として言ふのである。「宿命のプログラムは、星の運行と共に決定されてる。だが人々は、それを預め自覺することによつて、來るべき災難を未然に防ぎ、大厄を小厄にし、幸運のチャンスを捉へ、すべてに於て將來を賢明に用意し得る」と。それからして演繹し、彼等一流の運命開拓法を説くのである。「君の…

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