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烏の北斗七星
からすのほくとしちせい
作品ID43755
著者宮沢 賢治
文字遣い新字新仮名
底本 「注文の多い料理店」 新潮文庫、新潮社
1990(平成2)年5月25日
初出「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」盛岡市杜陵出版部・東京光原社、1924(大正13)年12月1日
入力者土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2005-02-27 / 2014-09-18
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 つめたいいじの悪い雲が、地べたにすれすれに垂れましたので、野はらは雪のあかりだか、日のあかりだか判らないようになりました。
 烏の義勇艦隊は、その雲に圧しつけられて、しかたなくちょっとの間、亜鉛の板をひろげたような雪の田圃のうえに横にならんで仮泊ということをやりました。
 どの艦もすこしも動きません。
 まっ黒くなめらかな烏の大尉、若い艦隊長もしゃんと立ったままうごきません。
 からすの大監督はなおさらうごきもゆらぎもいたしません。からすの大監督は、もうずいぶんの年老りです。眼が灰いろになってしまっていますし、啼くとまるで悪い人形のようにギイギイ云います。
 それですから、烏の年齢を見分ける法を知らない一人の子供が、いつか斯う云ったのでした。
「おい、この町には咽喉のこわれた烏が二疋いるんだよ。おい。」
 これはたしかに間違いで、一疋しか居りませんでしたし、それも決してのどが壊れたのではなく、あんまり永い間、空で号令したために、すっかり声が錆びたのです。それですから烏の義勇艦隊は、その声をあらゆる音の中で一等だと思っていました。
 雪のうえに、仮泊ということをやっている烏の艦隊は、石ころのようです。胡麻つぶのようです。また望遠鏡でよくみると、大きなのや小さなのがあって馬鈴薯のようです。
 しかしだんだん夕方になりました。
 雲がやっと少し上の方にのぼりましたので、とにかく烏の飛ぶくらいのすき間ができました。
 そこで大監督が息を切らして号令を掛けます。
「演習はじめいおいっ、出発」
 艦隊長烏の大尉が、まっさきにぱっと雪を叩きつけて飛びあがりました。烏の大尉の部下が十八隻、順々に飛びあがって大尉に続いてきちんと間隔をとって進みました。
 それから戦闘艦隊が三十二隻、次々に出発し、その次に大監督の大艦長が厳かに舞いあがりました。
 そのときはもうまっ先の烏の大尉は、四へんほど空で螺旋を巻いてしまって雲の鼻っ端まで行って、そこからこんどはまっ直ぐに向うの杜に進むところでした。
 二十九隻の巡洋艦、二十五隻の砲艦が、だんだんだんだん飛びあがりました。おしまいの二隻は、いっしょに出発しました。ここらがどうも烏の軍隊の不規律なところです。
 烏の大尉は、杜のすぐ近くまで行って、左に曲がりました。
 そのとき烏の大監督が、「大砲撃てっ。」と号令しました。
 艦隊は一斉に、があがあがあがあ、大砲をうちました。
 大砲をうつとき、片脚をぷんとうしろへ挙げる艦は、この前のニダナトラの戦役での負傷兵で、音がまだ脚の神経にひびくのです。
 さて、空を大きく四へん廻ったとき、大監督が、
「分れっ、解散」と云いながら、列をはなれて杉の木の大監督官舎におりました。みんな列をほごしてじぶんの営舎に帰りました。
 烏の大尉は、けれども、すぐに自分の営舎に帰らないで、ひとり、西のほうのさい…

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