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赤格子九郎右衛門の娘
あかごうしくろうえもんのむすめ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「国枝史郎伝奇全集 巻6」 未知谷
1993(平成5)年9月30日
初出「ポケット」1925(大正14)年2月~3月
入力者阿和泉拓
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2005-10-02 / 2014-09-18
長さの目安約 34 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

何とも云えぬ物凄い睨視!
 海賊赤格子九郎右衛門が召捕り処刑になったのは寛延二年三月のことで、所は大阪千日前、弟七郎兵衛、遊女かしく、三人同時に斬られたのである。訴え人は駕籠屋重右衛門。実名船越重右衛門と云えば阿波の大守蜂須賀侯家中で勘定方をしていた人物、剣道無類の達人である。
 係りの奉行はその時の月番東町奉行志摩長門守で捕方与力は鈴木利右衛門であった。
 処刑された時の九郎右衛門の年は四十五歳と註されている。彼には三人の子供があった。六松、一平、粂というのである。一平は早く病気で死に六松はお園と心中したので今に浄瑠璃に歌われている。
 お粂の消息に至っては世間知る人皆無である。しかし作者だけは知っている。――知っていればこそこの物語を書きつづることが出来るのである。

 寛延二年から十五年を経た明和元年のことであったが、摂州萩の茶屋の松林に正月三日の夕陽が薄黄色く射していた。
 林の中に寮があった。今はすでに役を退いた志摩長門守の隠居所で、大身の旗本であったから二万石三万石の大名などより家計はかえって豊かと見えなかなか立派な寮であった。
 寮の座敷では年始の酒宴が、今陽気にひらかれている。
「さあさあ今日は遠慮はいらぬ。破目を外して飲んでくれ。それ一献、受けたり受けたり」
 隠居し、今は卜翁と号したが、志摩景元は自分からはしゃいで無礼講の意気を見せるのであった。
「御前もあのように有仰ります。遠慮は禁物でござります。……鈴木様、小宮山様、さあさあお過しなさりませ。おやどうなされました川島様、お酒の一斗も召し上ったように顔を真赤にお染め遊ばして、どれお酌致しましょう、もう一つおあがりなさりませ、……山崎様や、井上様、いつもお強い松井様まで、どうしたことか今日に限って一向にお逸みなされませぬな。さてはお酌がお気に召さぬそうな」
「なんのなんの飛んでもないことで。お菊様の進め上手に、つい平素より度をすごし、眼は廻る、胸は早鐘、苦しんで居るところでございますわい」
 鈴木利右衛門はこう云いながらトンと額を叩いたものである。
「お菊お菊、構うことはない、どしどし酒を注いでやれ。何の鈴木がまだ酔うものか」
 卜翁は大変なご機嫌でこうお菊をけしかけた。
 今日は五人の年始客は、卜翁が役に居った頃部下として使っていた与力であって、心の置けない連中だったので、酒が廻るに従って、勝手に破目を外し出した。袴を取って踊り出すものもあればお菊の弾でる三味線に合わせて渋い喉を聞かせるものも出て来た。それが又卜翁には面白いと見えてご機嫌はよくなるばかりである。
 騒ぎ疲労て静まった所で、ふと卜翁は云い出した。
「……御身達いずれも四十以上であろうな。鈴木が年嵩で六十五か。……年を取ってもこの元気じゃもの壮年時代が思いやられる。……さればこそ一世の大海賊赤格子九郎右衛門も遁れることが出…

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