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人生終に奈何
じんせいついにいかん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「日本現代文学全集 8」 講談社
1967(昭和42)年11月19日
入力者三州生桑
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2004-03-16 / 2014-09-18
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 人生終に奈何、是れ實に一大疑問にあらずや。生きて回天の雄圖を成し、死して千歳の功名を垂る、人生之を以て盡きたりとすべきか、予甚だ之に惑ふ。生前一杯の酒を樂しむ、何ぞ須ひん身後千載の名、人は只[#挿絵]行樂して已まんか、予甚だ之に惑ふ。蝸牛角上に何事をか爭ふ、石火光中に此身を寄す、人は只[#挿絵]無常を悟りて終らんか、予甚だ之に惑ふ。吁、人生終に奈何。將た人は只[#挿絵]死するが爲に生れたるか。
 嘗て一古寺に遊ぶ、檐朽ち柱傾き、破壁摧欄、僅に雨露を凌ぐ。環堵廓然として空宇人を絶ち、茫々たる萋草晝尚ほ暗く、古墳累々として其間に横はれるを見、猛然として悟り、喟然として嘆ず、吁、天下、心を傷ましむる斯の如きものあるか。借問す、是れ誰が家の墳ぞ、弔祭永く至らず、墓塔空しく雨露の爲に朽つ。想ふに其の生れて世に在るや、沖天の雄志躍々として禁ふる能はず、天下を擧げて之に與ふるも心慊焉たらざりしものも、一旦魂絶えて身異物とならば、苔塔墓陰、盈尺の地を守つて寂然として聲なし、人生の空然たる、哀しむべきの至ならずや。後人碑を建て之に銘するは其心素より其の英名を不朽に傳へんとするにあり。然れども星遷り世變り、之が洒掃の勞を取るの人なく、雨雪之れを碎き、風露之れを破り、今や塊然として土芥に委するも人絶えて之を顧みず、先人の功名得て而して傳ふべきなし。思ひ一たび此に至れば、彼の廣大なる墓碑を立てゝ名の不朽を願ふものは何等の痴愚ぞや。嗚呼劫火烱然として一たび輝けば、大千旦に壞す、天地又何の常か之れあらん、想ふに彼の功業を竹帛に留めて盛名の※[#「窮」の「弓」に代えて「呂」、242-下-2]りなきを望むものは、其の痴之れに等しきを得んや。
 悟れ、一瞬の須臾なるも、千歳の久しきも、天地の無※[#「窮」の「弓」に代えて「呂」、242-下-4]なるに比すれば等しく是れ一刹那なるにあらずや。名、其の死と共に滅するも、死後千年を經て亡ぶるも、其の終りあるに至つては一なり。人、生を此世に享け、此一時の名を希ふ、五十年の目的、遂に之に過ぎざるか。予甚だ之に惑ふ。
 功名朝露の如し、頼むべからず、人生終に奈何。藐然として流俗の毀譽に關せず、優游自適其の好む所に從ふ、樂は即ち樂なりと雖も、[#挿絵]蛄草露に終ると孰れぞや。栖々遑々、時を匡し道に順ひ、仰いで鳳鳴を悲み、俯して匏瓜を嘆ず、之を估りて售れざらんことを恐れ、之を藏めて失はんことを憂ふ、之れ正は即ち正なりと雖も、寧ろ鳥獸の營々として走生奔死するに等しきなきか。光を含み世に混じ、長統の跡を尋ね劉子の流を汲み、濁醪一引、俯して萬物の擾々焉たるを望むは、快は即ち快なりと雖も、醉生夢死、草木と何ぞ擇ばん。吁、人は空名の爲に生れたるか、將た行樂せんが爲に生れたるか。果して然らば是れ夸父日を追ふの痴を學ぶにあらざれば、禽獸草木と其命を等しうせんとするものな…

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