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現代訳論語
げんだいやくろんご
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「下村湖人全集 第五巻」 池田書店
1965(昭和40)年5月15日
入力者tatsuki
校正者酒井和郎
公開 / 更新2016-05-20 / 2016-05-01
長さの目安約 264 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

「論語」を読む人のために


 東洋を知るには儒教を知らなければならない。儒教を知るには孔子を知らなければならない。そして孔子を知るには「論語」を知らなければならない。「論語」は実に孔子を、従って儒教を、また従って東洋を知るための最も貴重な鍵の一つなのである。
      ☆
「論語」は、孔子の言行を主とし、それに門人たちの言葉をも加えて編纂したものであるが、すべて断片的で、各篇各章の間に、何等はっきりした脈絡や系統がなく、今日から見ると極めて雑然たる集録に過ぎない。しかし、それだけに、編纂者の主観によってゆがめられた点は比較的少いであろう。
 孔子の言葉を記したものとして、「論語」のほかに、しばしば「易」の「十翼」があげられる。しかし、それには、古来学者の間に多くの疑問があり、それを孔子の書であると断定する根拠は薄弱である。従って、今日では、「論語」は不十分ながらも、孔子の言行をうかがうことの出来る、唯一の確実な書とされているのである。
      ☆
「論語」編纂の年代、ならびにその編纂者が何びとであるかは、まだ十分つまびらかにされていない。しかし、孔子の没後いくらかの年月をへたあと、すなわち西紀前およそ四百数十年ごろ、門人の門人たちの手によって編纂されたものであることは、ほぼ確実なようである。
「論語」という書名は、孔子直接の門人たちが記録しておいたものについて、編纂者たちが、おたがいに意見を交換し、論議しつつ撰定したという意味で名付けられたものであろうと信ぜられている。
      ☆
「論語」は、秦の始皇が天下を統一した時、いわゆる焚書の厄に会った。始皇は儒教の政治思想が自分の専制的統一国家の政治に合致しないという理由から、ちょうど独逸のヒットラーが書を焼いたのと同一の手段をとったのである。そのため「論語」は他の書と共に一時姿を消したが、漢代にいたって再び世に出ることになった。その時発見された「論語」に三種あった。その第一は斉の国から発見されたもの、第二は魯の国から発見されたもの、第三は孔子廟の壁の中にぬりこめられていたものである。それらはかなり内容をことにしていたので、それぞれ「斉論」「魯論」「古論」と呼んで区別されるようになった。「古論」というのは、古体文字で記されていたからである。
 この三種の「論語」は、発見後しばらくの間は、それぞれにそのままの内容で読まれていたが、後漢以後、彼此参酌して内容を修訂し、註解を加えるなどの努力が張侯、鄭玄、何晏等二三の学者によって払われ、宋代にいたって、それらを基にした[#挿絵][#挿絵]の「論語註疏」があらわれた。更に儒教の大成者として有名な同代の朱熹は、「大学」、「中庸」、「論語」、「孟子」の四者を合して、いわゆる「四書集註」を作った。爾来前者を「古註」と呼び、後者を「新註」と呼ぶならわしになったが、今日…

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