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物理的集団的性格
ぶつりてきしゅうだんてきせいかく
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「中井正一全集 第三巻 現代芸術の空間」 美術出版社
1981(昭和56)年5月25日新装第1刷
初出「美・批評」1931(昭和6)年5月号
入力者鈴木厚司
校正者染川隆俊
公開 / 更新2015-12-05 / 2015-09-01
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 やや重い感じのする回転音、……フィルムは三フィート、五フィートと記録していく。胸につきあげてくるような緊まった感じ、ちょうど運転手が瞬時もまじろぐことのできないような瞬間に経験する、張った注意と果断、一コマ一コマの構図に眼は繰り入れられてはいるけれども、こころはより多くの関心をレンズのシボリと光線にくばっている。そして、そのなまのフィルムの一々の性格に向ってある親しみ、軽い実験的興味をすらもっている。現像液の中に自分もなかば涵っているといってもよい。
 そして、しかも、今の三フィートは、あのプランのどこに位置づけらるべきかが、閃めきのごときキレタ感情を喚起する。いわば、今もぎとられたる現実の一片は、かの描かれたる、換言すれば未来の断片、構成の一要素である。まだ実現せざる組織の見えざる一エレメントであり、その見えざる網の一紐結として、その一コマは喜びを運んでいる。
 かつての画家は、その一コマの完成に一人格を投げつけた。今は、その一コマをレンズに託して、そこより出発し、人格が組織の構成体、一つのオルガンとなったように、一コマそれ自身が組織全体の一要素となっている。キノキイのもつ喜悦は、このオルガナイズの情趣の上にある。映画が絵画を引きはなすのはこの一点にある。一つは個性とカンヴァスであるのに反して、他は性格と組織である。
 映画の製作の過程が集団的であるのみならず、その形式そのものがすでに集団的である。その過程とはその社会的集団的性格を意味する。そして、形式とは、その機械性とそれに加わる人間性との複合を意味する。換言すればいわばそれは物理的集団的性格である。
 レンズとフィルムと現像液ならびにそれを涵す光、それらのものの前に人の見る意味はかぎりない急転回と、躍進と、はかりしれざる未来をもっている。それこそ、物理的集団的性格の刺すような、時のかなたへの遠き視線を意味する。
 われわれが回転するフィルムのふるえを頬に感じながら、ファインダーを覗く時、胸をうつ一種の吸引は、その新しき視線への崩るるごとき没入としも思われる。



 私はここでベンノ・ライフェンベルグがエドワルド・ムンクの展覧会に際してのべた言葉を回想しよう。
「……もの醒めた、しかし休みのないテンポをもって渦巻く生活、おし黙って、しかもジット動かない執拗な機械の力、そういうものがムンクの時代を震えあがらせる恐怖である。そうして彼はそれに逆らってこそ働いたが、そのためには働かなかった。しかし幾千も幾千もの人間は確かに、こともなく、何も知らずにこの鉄のような時代に住んでいる。新しき思想は火花の閃きのように人の中に消えていく。またわれわれは現にそれを当然のこととして、一九〇〇年時代の建物の中に住んで平気である。……絵を描く喜び、色や太陽についての楽しみ、そういうものは一九〇〇年ごろを境として過ぎ…

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