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言語は生きている
げんごはいきている
作品ID43833
著者中井 正一
文字遣い新字新仮名
底本 「増補 美学的空間」 叢書名著の復興14、新泉社
1977(昭和52)年11月16日
初出「中央公論」1950(昭和25)年12月
入力者鈴木厚司
校正者染川隆俊
公開 / 更新2009-05-15 / 2014-09-21
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 フンボルトは、言葉はエルゴン(創られたるもの)ではなくして、エネルゲイヤ(創るちから)であると云う。
 ほんとうに言葉は生きているように思われる。と云うか、同じ言葉を十年くらいで、もう、ほかの意味に取違えてしまう。それほど言葉は生きて動いている。
 例えば、外国語の subject なる言葉を、人々は「主観」と訳していた。ところが昭和七、八年頃から、それは「主体」と訳されはじめたのである。もはや主観ではもり切れないものが、subject なる言葉の周辺にまつわりつきはじめたのである。ことに世代が違うと、何の迷いもなしに新しく読み違えて出発する。
 かくして、新たな言葉が、更にこの言葉の周辺に生れて来る。例えば、「あの人は誰々の線だ」等と云う言葉が最近流行する。おそらく誰々の属しているフロント、その戦線の一列の人々の意味であろうが、すでにそこでは、その人を昔のような一つの「主観」と取扱っていないで、「主体」とでも云う新たなるものの周辺で取扱われているのである。
 こんな言葉の読み違えられる、断層のようなもののある時代、この雰囲気から「段階」なる言葉、「角度」などの言葉が新しく用いられ、やがて「原子力時代」「機械時代」の「エージ」の意味も又意味をもって来るかのようである。
 私はこの不思議なとも思える現象を追求して見たくなって、subject なる言葉と、「気」なる言葉の変化の跡を辿って見たことがある。

   Subject
 subject, Subjekt, sujet なる言葉は、明治以来「主観」と訳されていたが、この言葉を辿って見ると、この言葉の原語自身が、とんでもなく、すでに読み違えられて来ているらしいのである。
 もともと、この言葉はギリシア語の υποκειμενον[#υは帯気の気息記号(‘の上下が逆さまになったような記号)付き、ιはアキュートアクセント(´)付き]が語源であるが、プラトンでは「下に置かれている」というくらいの意味に使われて、哲学的なものでは未だないのである。アリストテレスが初めて、『形而上学』で、「根柢に置かれてある論理的基体」「変化多い現象の根柢に、不変なるものとして横たわるもの」と云ったような意味をもって使いはじめたのである。
 それをラテン語に訳す時、アプレウスとか、ポエチウスが、subiectum と、「下に」(sub)「置かれている」(iectum)とあてはめたらしい。しかし、もともと、この言葉はキケロの使った例でも、そんなに重大な哲学用語ではなく、「目の前に横たわっている明瞭なもの」くらいの意味に通ずるものであったらしく、ポエチウスでも訳語でない場合には「……に類属する」(subject to)くらいの意味で用いられているところもあるらしいのである。
 どうも、アリストテレスの訳文として、初めてこの言葉は、何か丸…

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