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三重宙返りの記
さんじゅうちゅうがえりのき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 別巻1 評論・ノンフィクション」 三一書房
1991(平成3)年10月15日
初出「航空朝日」1941(昭和16)年4月号
入力者田中哲郎
校正者土屋隆
公開 / 更新2005-07-23 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 僕は、このところ二三ヶ月、からだの工合がよくない。それでこの日、文壇航空会にも、残念ながら特殊飛行は断念して、辞退を申出ておいたのであった。殊に、その前々日は終日家にいて床についていたし、その前日は、炬燵の中で終日、日米関係の本を読んでいた始末であった。だから当日は、ふらふらするからだを豊岡まで搬んだようなわけで、特殊飛行をする意志は毛頭なかったのであった。
「海野さん。さあ、支度をなさい」
「僕は、今日は、乗りませんよ」
「そんなことはない。あんたが乗らないということはない。そんなことをいうと、皆、乗らないといい出すよ。さあ、支度を」
「僕は、からだが悪いので……」
「どこが、どうわるい」
「心臓やその他……機上で人事不省になるなんて、醜態ですからねえ」
「なあに、心臓なんか、大丈夫だ。こんな機会は二度とないから、乗りなさい」
 これは西原少佐殿と僕との押問答だ。これを傍で聞いている皆々は、愉快そうににやにや笑っているが、僕は笑い事ではない。
 こんなことを数回くりかえした。
 西原少佐殿は、熱心にくりかえし薦め、そして僕を元気づけてくれる。ここに於て、僕は秒前までの乗らないという決心をさらりと翻し、
「はい、乗りましょう」
 といって、オーバーの釦に手をかけた。これが最初の宙返りであった。意志というか覚悟というか、それの宙返りであった。決意してしまえば、元々好きなことなんだから、とたんに、わがからだはもうふわっと空に浮んだようだった……。
 機は約千五百メートルにとびあがった。
 はるかな地上には煙霧が匐い、夕陽はどんよりと光を失い、貯水池と川とだけが、硝子のように光っていた。と、突如、からだがぐーっと下に圧えられた。機は奇妙な呻りをたてはじめた。いよいよ始まった、宙返りが……。
 宙返りをしていることは、はっきり分っているくせに、「自分は今、本当に宙返りをやっているのかしら、夢を見ているのではないか」という疑念がしきりと湧いた。
 ――そのとき、虚空と大地とが、まるで扁平な壁のように感じられた。空は湖のようだ。ぐうーと水平線があがって、上から巨大なる島が下りてきた――と思ったら、それは島ではなく、わが地球であったのだ。芝居の背景が、ぐるぐるまわっているような感じでもあった。僕は、ひたすら錯覚の世界を追っていたのだ。
 はげしい横転の始まった瞬間には、僕の身体は、機外においてけぼりにされたように感じた。水平線が、きらきらと、交錯した水車の車軸のようにみえる。奇妙なことだ。
 一等気持のわるかったのは、上昇反転であった。機はぐんぐん垂直に上昇していって、その頂上で、エンジンははたと停り、そして失速する。からだが、空中にぴたりと停った。まるで空中に腰掛があって、その上に、ふわりと胡坐をかいたようなふしぎな気持だ。そこまではいいが、とたんに、下腹を座席へ固く…

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