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光は影を
ひかりはかげを
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「岸田國士全集18」 岩波書店
1992(平成4)年3月9日
初出彼を待つもの「キング 第二十六巻第四号」1950(昭和25)年4月1日、はるかなる青春「キング 第二十六巻第五号」1950(昭和25)年5月1日、〔欠題〕「キング 第二十六巻第六号」1950(昭和25)年6月1日、兄の立場「キング 第二十六巻第七号」1950(昭和25)年7月1日、ある少女の役割「キング 第二十六巻第八号」1950(昭和25)年8月1日、父の孤独「キング 第二十六巻第九号」1950(昭和25)年9月1日、愛と死と生の戯れ「キング 第二十六巻第十号」1950(昭和25)年10月1日、運命に逆うもの「キング 第二十六巻第十一号」1950(昭和25)年11月1日、変転の外に「キング 第二十六巻第十二号」1950(昭和25)年12月1日、この日あるがために「キング 第二十七巻第一号」1951(昭和26)年1月1日、二つの未来図「キング 第二十七巻第二号」1951(昭和26)年2月1日、希望の羽ばたき「キング 第二十七巻第三号」1951(昭和26)年3月1日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2013-02-03 / 2014-09-16
長さの目安約 282 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

彼を待つもの





 長い戦争をはさんで、まる七年目に、京野等志は、変りはてた祖国の土を踏み、漠然と父母兄弟がそのまゝ以前のところに住んでいるなら、という期待だけで、自然に東京へ向つて二昼夜の汽車の旅をつづけて来たのである。彼は途中、ふらふらと大阪で降りた。同行の誰かれが不審がるのを、笑つて理由は言わず、駅からまつすぐに勝手を知つた心斎橋へ地下鉄で出て、焼跡に建ち並んだバラックの一軒一軒をのぞきながら、とある古着を並べた店へ飛び込んだ。
「背広一と揃いと外套がほしいんだ。ちよつと見せてくれ」
「おや、あんたはん、復員とちがいまつか」
「お察しのとおり。だから、早くこのボロ服を脱いじまいたいんだ。相場はどんなもんか知らんが、現金が足りなかつたら、ちよつと金目のものを持つてるんだ。とにかく、寸法の合うやつを頼む」
 出された中古の二、三点のなかから、手あたり次第、身丈に合つた灰色無地の三つ揃いと、すこし旧式すぎたが、暖たかそうなダブルの黒外套とを、これときめて値をきくと、当節、どんなに勉強しても両方で二万五千だと、主人は、それを引つ込める身構えで言う。
「よし、現金はむろんそんなにない。その代り、こいつを金にしてくれ。いくらに踏むか、おじさん」
 彼が、胴巻から取り出したのは、金無垢と一と目でわかる女の腕環であつた。
「これや、なんや。ようでけとるけど、鍍金やな」
「よせやい、じいさん、ふざけないで、早くしろよ。買うのか、買わないのか」
「いくらやつたら、よろしおまつか?」
「目方をかけたらすぐわかるじやないか。二十八匁きつかりだ。三万ならいゝだろう」
 古着屋の唇がヒョットコのように伸び、
「よろしおま、信用しときまひよ」
 京野等志は、一時間後に、出張先から帰る一会社員の風体に早変りをした。実をいうと、彼は、鹿児島へ上陸するとすぐに、復員局の事務所で荻窪の家の処番地が変つていないことだけをたしかめておいて、早速、リュック・サックにつめたろくでもない品物を一切売り払つた。収容所を出る時、時計も万年筆も捲きあげられ、いよいよ乗船の間ぎわに、サイゴンの桟橋へ駈けつけて来たポーレットが、別れの挨拶をしに頬を差出したとたん、飛行靴の胴へ手早く落し込んだのが、この金の腕環で、その時は、なんの意味ともわからず、たゞ紀念にというほどの感傷を、あの黒くうるんだ瞳のなかに読んだきりであつた。
 ポーレット・ユアンは、フランス人と安南人との混血児で、いわゆるメチスの娘なのだが、彼が俘虜生活をはじめてから、ふとした機会に言葉が通じたのがもとで、やがて、ずるずると一年あまり、公用にかこつけて、彼女のアパートへ週に一、二度隙をぬすんで会いに行く間柄となつてしまつた。彼は、幹部候補生あがりの軍曹であつたが、収容所では、外国語学校中途退学の語学力がものを言い、通訳という何かにつけて役…

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