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足利時代を論ず
あしかがじだいをろんず
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「日本中世史の研究」 同文館
1929(昭和4)年11月20日
初出「藝文 第三年第十一号」京都大学文学部、1912(大正1)年11年
入力者はまなかひとし
校正者土屋隆
公開 / 更新2010-02-13 / 2014-09-21
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 足利時代が多くの歴史家からして極めて冷淡な待遇を受け、單に王室の式微なりし時代、將た倫常壞頽の時代とのみ目せられて、甚無造作に片付けられて居つたのは、由來久いことである。されば若し此時代に特有なる出來事として、後世の研究者の注意を惹いたものがあるとすれば、それは書畫、茶湯、活花、又は連歌、能樂等に關係した方面に興味を持つた場合であるので、一口に之を評すれば骨董的興味から觀察した足利時代であつたのである。足利時代が抑も我國史上如何なる地位を占め、其前後の時代と如何なる關係を有して居るか、又今迄知られてあるものゝ外に、尚ほ同時代に於て史家の注意を惹くに足るべき題目の有無如何等に至りては、あまり深く講究されては居らなかつた。換言すれば足利時代史の眞相といふものが未だ充分に發揮せられて居なかつたと云つてよい。
 足利時代の眞相の研究が此の如く久しく等閑に附せられて居つたのは、其必しも鎌倉時代の如く、史料の不足であるが爲めのみではない。鎌倉時代は其前半の史料として、吾妻鏡といふ頗る結構な記録を有して居り、其記事の豐富にして且つ多方面に渉つて居る點に於ては、足利時代を通して搜しても、到底其匹儔を見出すこと困難な次第ではあるが、併しながら其吾妻鏡なるものも、其中で最も面白い部分は前半である。而して此前半は、吾人の見を以てすれば、後代の編纂物であつて、どう見ても或史家の云ふ如き、正確な官府の日記とは、受け取れない部分である。されば吾妻鏡が、鎌倉時代前半の史料として、非常に貴重なものであることは、勿論であるけれど、其吾妻鏡に載つて居るからと云つて、吾人は直に之を輕信することは出來ぬ。けれども吾妻鏡に記載してある時代は、此記録を第一の便りとして、兎に角見當をつけることが出來るからまだしもであるが、鎌倉時代の後半、即吾妻鏡を離れた時代に入ると、何を重な史料として研究したらよいのか、殆ど雲をつかむやうな氣がする。武家記録の皆無であることは論を費すまでもないが、公卿日記の方も、園太暦の時代に入るまでは、殆ど缺乏と云つてよろしい。否全く無いと云ふのではないが、殆ど採るに足る日記が無いのである。而して其園太暦とても史料としては餘りに一方に偏したものであつて予の意見を以てすれば、玉葉よりも明月記よりも興味の薄いものである。して見ると鎌倉時代後半について、少し氣の利いた歴史を組み立てるには、數多の文書に頼る外はない。數から云へば此時代に關係のある文書は決して少い方ではないが、文書のみを土臺にしなければならぬ時代の歴史は、隨分心細いものである。
 足利時代は史料の多少といふ點について、鎌倉時代と大に其選を異にして居る。成る程足利時代には吾妻鏡ほどに重寶な記録のないことは事實であるけれど、それより少しく下つた價値のものを求むれば、公武共に中々多く、足利時代全體に亘りて殆ど缺漏なしと云つて可なる…

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