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かれいの贈物
かれいのおくりもの
作品ID4400
著者九鬼 周造
文字遣い新字新仮名
底本 「九鬼周造随筆集」 岩波文庫、岩波書店
1991(平成3)年9月17日
入力者鈴木厚司
校正者松永正敏
公開 / 更新2003-09-05 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 十二月も半ば過ぎた頃であった。村上は友人の山崎を自宅の昼飯に招いた。独身者同様の村上は時にこうして十五ばかり年下の山崎と会食をしながら寛いだ気もちで談笑するのが好きであった。年齢の相違もあるので二人の間には師弟といったような感覚も交っていた。村上が二階の書斎で手紙を書いていると女中が山崎の来たことを告げながら
「これを頂戴いたしました」
といって干鰈の沢山入った籠を見せた。約束の時間よりも少し早かったので、遠慮のない間柄であるから主人は「ちょっとお待ち下さい」といわせて急ぎの手紙を書き終えてから下へ降りた。
「お待たせした。どうも今は結構なものをありがとう」
「実は国許へ帰っている妻から今朝送ってきましたのでちょうどいいから先生に差上げたいと思ってもってまいりました。笹がれいと若狭では呼んでおります。お口に合うかどうかわかりませんが」
「それは御厚意をどうもありがとう」
 村上は山崎の友情を言葉でよりも心で深く感謝している様子だった。二人はやがて酒盃を交わしながらお互いの仕事のことや近頃読んだ本のことやその他色々と語り合った。
 午後の二時頃になった。玄関のベルが鳴ると女中は吉田敏子の来訪を告げた。敏子は山崎とも知合っているので村上はすぐにそこへ通させた。不幸な結婚をした出戻りではあるがまだ三十になったばかりの美しい敏子はかなり派手な着物をすらりとした身体に着こなして魅力の溢れた挨拶をした。しばらくしてから敏子は主人に
「あ、松葉がれいをどうもありがとうございました」
といった。主人は微笑しながら軽くうなずいた。酒に強くない山崎は僅か飲んだだけでもう少し酔い気味になっていたせいか
「松葉がれいですって?」
と口をすべらしたが、すぐに
「いや、よしておきましょう」
といって笑った。
 山崎は腹の中ではこう思った。せっかく先生に上げようと思ってわざわざ国から取寄せて持ってきたものを気に入ってるこの敏子のところへすぐもうやってしまったと見えるな。かなり不似合な軽薄なことを先生もするのだな。自分が来たときしばらく待たせておいたのもその手配をするためだったのか。山崎はチラっとこんな念におそわれて少し不快を感じたが、万事につけて村上の心もちを呑込んでいる山崎はそんなことくらいを深くとがめる気にはならないですぐあっさり忘れて、その日は夕方まで敏子を中心に面白く話し合った。
 山崎が帰ってから一足後れて敏子も帰っていった。

 事実はこうである。二ヶ月ばかり前のことであるが、欧洲航路の事務長をしている従兄からドイツのチーズを貰ったので敏子はそのわけを手紙に書いて村上にチーズを贈った。かつて敏子が松葉がれいが好きだといっていたのを村上がふと思い出して返礼かたがた松葉がれいを敏子に贈ったのは数日前のことである。今日は山崎の国許の若狭から笹がれいが届いたので山崎はそれを村上のと…

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