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くるま
作品ID4409
著者宮沢 賢治
文字遣い新字旧仮名
底本 「新修宮沢賢治全集 第十一巻」 筑摩書房
1979(昭和54)年11月15日
入力者林幸雄
校正者土屋隆
公開 / 更新2007-06-09 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ハーシュは籠を頭に載っけて午前中町かどに立ってゐましたがどう云ふわけか一つも仕事がありませんでした。呆れて籠をおろして腰をかけ弁当をたべはじめましたら一人の赤髯の男がせはしさうにやって来ました。
「おい、大急ぎだ。兵営の普請に足りなくなったからテレピン油を工場から買って来て呉れ。そら、あすこにある車をひいてね、四罐だけ、この名刺を持って行くんだ。」
「どこへ行くのです。」ハーシュは弁当をしまって立ちあがりながら訊きました。
「そいつを今云ふよ。いゝか。その橋を渡って楊の並木に出るだらう。十町ばかり行くと白い杭が右側に立ってゐる。そこから右に入るんだ。すると蕈の形をした松林があるからね、そいつに入って行けばいゝんだ。いや、路がひとりでそこへ行くよ。林の裏側に工場がある。さあ、早く。」
 ハーシュは大きな名刺を受け取りました。赤髯の男はぐいぐいハーシュの手を引っぱって一台のよぼよぼの車のとこまで連れて行きました。
「さあ、早く。今日中に塗っちまはなけぁいけないんだから。」
 ハーシュは車を引っぱりました。
 間もなくハーシュは楊並木の白い杭の立ってゐる所まで来ました。
「おや、蕈の形の林だなんて。こんな蕈があるもんか。あの男は来たことがないんだな。」ハーシュはそっちの方へ路をまがりながら貰って来た大きな名刺を見ました。
「土木建築設計工作等請負 ニジニ・ハラウ、ふん、テレピン油の工場だなんて見るのははじめてだぞ。」
 ハーシュは車をひいて青い松林のすぐそばまで来ました。すがすがしい松脂のにほひがして鳥もツンツン啼きました。みちはやっと車が通るぐらゐ、おほばこが二列にみちの中に生え、何べんも日が照ったり蔭ったりしてその黄いろのみちの土は明るくなったり暗くなったりしました。ふとハーシュは縮れ毛の可愛らしい子供が水色の水兵服を着て空気銃を持ってばらの藪のこっち側に立ってしげしげとハーシュの車をひいて来るのを見てゐるのに気が付きました。あんまりこっちを見てゐるのでハーシュはわらひました。
 すると子供は少し機嫌の悪い顔をしてゐましたがハーシュがすぐそのそばまで行きましたら俄かに子供が叫びました。
「僕、車へのせてってお呉れ。」
 ハーシュはとまりました。
「この車がたがたしますよ。よござんすか。坊ちゃん。」
「がたがたしたって僕ちっともこはくない。」こどもが大威張りで云ひました。
「そんならお乗りなさい。よおっと。そら。しっかりつかまっておいでなさい。鉄砲は前へ置いて。そら、動きますよ。」ハーシュはうしろを見ながら車をそろそろ引っぱりはじめました。子供は思ったよりも車ががたがたするので唇をまげてやっぱり少し怖いやうでした。それでも一生けん命つかまってゐました。ハーシュはずんずん車を引っぱりました。みちがだんだんせまくなって車の輪はたびたび道のふちの草の上を通りました。…

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