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愚なる(?!)母の散文詩
おろかなる(?!)ははのさんぶんし
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆42 母」 作品社
1986(昭和61)年4月25日
入力者もりみつじゅんじ
校正者菅野朋子
公開 / 更新2000-06-01 / 2014-09-17
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 わたしは今、お化粧をせつせとして居ます。
 けふは恋人のためにではありません。
 あたしの息子太郎のためにです。
 わたしの太郎は十四になりました。
 そして、自分の女性に対する美の認識についてそろそろ云々するやうになりました。
 太郎の為にも、わたしはお化粧をしなくてはなりません。太郎が、いまにいくら美しい恋人を持つとしても、マヽが汚なくては悲観するでせう。さういふ日の来ない先から、わたしはせつせとお化粧します。けふは恋人の為にではありません。太郎の為に未来のずつと未来までも、美くしいマヽであり度いお仕度の為にせつせとお化粧のお稽古です。
 いまに美くしい恋人を持つても、つひ傍のマヽが汚なくては太郎も悲観せざるを得ないでせう。美しい恋人に美くしいマヽ、それでなければ、太郎の幸福は完全でないでせう。現在だとて、けふの今にも太郎は学校から帰ります。お菓子をもらふより先きに太郎はマヽを見ます。その時、太郎の眼にマヽが綺麗でなかつたら――わたしはお化粧をします。今日は恋人の為にではありません。
 わたしは学びます。唐うたを、やまと言葉をフランス語を。そして知らうとします、哲学を宗教を。また絵を文学を、音楽を味ひます。けふのそれらは単にわたしの欲求や嗜好ではありません。太郎のマヽは優れた思想や感覚を持たねばなりません。わたしは学びます。唐うたを、やまと言葉をフランス語を。そして知らうとします哲学を宗教を。また絵を文学を音楽を味ひます。それゆゑ太郎の着物の綻びも縫うてやるひまがありません。太郎は、ぶつぶつ云つて居るやうです。しかし、いまに御らんなさい。太郎はやがて、唐うたを、やまと言葉をフランス語を学び、そして哲学を宗教を知ることによつてよき思想を持ち絵や文学や音楽を味つて充分官覚の洗練されたそのやうなマヽを持ち得るでせう。太郎は、綻びの着物の前をかき合せながら、そのやうなマヽを持ち得たプライドに満ちて幸福でせう。
 今日からお金まうけを始め度いのです。わたしの下手な詩でも買つて下さい。
 わたしはお金をまうけて、恋人に香ひの好い煙草一箱買はうとするのでもありません。また、わたしのドレス一枚買はう為めでもありませんよ。
 当てゝ御覧なさい。当りませんか。
 やつぱり太郎に就いてですよ。ですが、年頃の男の子にあまりお金をやつてはよくありません。わたしは貯めて置くのですよ。お金は麻のハンカチへ一包、二包。それから古い革手袋や、昔はやつたお高祖づきんの布つ片にしつかりくゝつて。そして、決して決して太郎には見せません。
 わたしは遣るのです。そのお金でいまに太郎の美くしいお嫁に着物を買つてやるのです…………太郎はどこからかきつと美くしいお嫁さんを連れて来ませう…………そのお嫁さんは、ひよつとするときつい意地悪るかもしれません。
 それでもわたしはきれいな着物を買つてやります…

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