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いてふの実
いちょうのみ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「新修宮沢賢治全集 第八巻」 筑摩書房
1979(昭和54)年5月15日
入力者林幸雄
校正者久保格
公開 / 更新2002-11-11 / 2014-09-17
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 そらのてっぺんなんか冷たくて冷たくてまるでカチカチの灼きをかけた鋼です。
 そして星が一杯です。けれども東の空はもう優しい桔梗の花びらのやうにあやしい底光りをはじめました。
 その明け方の空の下、ひるの鳥でも行かない高い所を鋭い霜のかけらが風に流されてサラサラサラサラ南の方へ飛んで行きました。
 実にその微かな音が丘の上の一本いてふの木に聞える位澄み切った明け方です。
 いてふの実はみんな一度に目をさましました。そしてドキッとしたのです。今日こそはたしかに旅立ちの日でした。みんなも前からさう思ってゐましたし、昨日の夕方やって来た二羽の烏もさう云ひました。
「僕なんか落ちる途中で眼がまはらないだらうか。」一つの実が云ひました。
「よく目をつぶって行けばいゝさ。」も一つが答へました。
「さうだ。忘れてゐた。僕水筒に水をつめて置くんだった。」
「僕はね、水筒の外に薄荷水を用意したよ。少しやらうか。旅へ出てあんまり心持ちの悪い時は一寸飲むといゝっておっかさんが云ったぜ。」
「なぜおっかさんは僕へは呉れないんだらう。」
「だから、僕あげるよ。お母さんを悪く思っちゃすまないよ。」
 さうです。この銀杏の木はお母さんでした。
 今年は千人の黄金色の子供が生れたのです。
 そして今日こそ子供らがみんな一緒に旅に発つのです。お母さんはそれをあんまり悲しんで扇形の黄金の髪の毛を昨日までにみんな落してしまひました。
「ね、あたしどんな所へ行くのかしら。」一人のいてふの女の子が空を見あげて呟やくやうに云ひました。
「あたしだってわからないわ、どこへも行きたくないわね。」も一人が云ひました。
「あたしどんなめにあってもいゝからお母さんの所に居たいわ。」
「だっていけないんですって。風が毎日さう云ったわ。」
「いやだわね。」
「そしてあたしたちもみんなばらばらにわかれてしまふんでせう。」
「えゝ、さうよ。もうあたしなんにもいらないわ。」
「あたしもよ。今までいろいろわが儘ばっかし云って許して下さいね。」
「あら、あたしこそ。あたしこそだわ。許して頂戴。」
 東の空の桔梗の花びらはもういつかしぼんだやうに力なくなり、朝の白光りがあらはれはじめました。星が一つづつ消えて行きます。
 木の一番一番高い処に居た二人のいてふの男の子が云ひました。
「そら、もう明るくなったぞ。嬉しいなあ。僕はきっと黄金色のお星さまになるんだよ。」
「僕もなるよ。きっとこゝから落ちればすぐ北風が空へ連れてって呉れるだらうね。」
「僕は北風ぢゃないと思ふんだよ。北風は親切ぢゃないんだよ。僕はきっと烏さんだらうと思ふね。」
「さうだ。きっと烏さんだ。烏さんは偉いんだよ。こゝから遠くてまるで見えなくなるまで一息に飛んで行くんだからね。頼んだら僕ら二人位きっと一遍に青ぞら迄連れて行って呉れるぜ。」
「頼んで見ようか。早く…

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