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種山ヶ原
たねやまがはら
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「新修宮沢賢治全集 第八巻」 筑摩書房
1979(昭和54)年5月15日
入力者林幸雄
校正者久保格
公開 / 更新2002-11-16 / 2014-09-17
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 種山ヶ原といふのは北上山地のまん中の高原で、青黒いつるつるの蛇紋岩や、硬い橄欖岩からできてゐます。
 高原のへりから、四方に出たいくつかの谷の底には、ほんの五六軒づつの部落があります。
 春になると、北上の河谷のあちこちから、沢山の馬が連れて来られて、此の部落の人たちに預けられます。そして、上の野原に放されます。それも八月の末には、みんなめいめいの持主に戻ってしまふのです。なぜなら、九月には、もう原の草が枯れはじめ水霜が下りるのです。
 放牧される四月の間も、半分ぐらゐまでは原は霧や雲に鎖されます。実にこの高原の続きこそは、東の海の側からと、西の方からとの風や湿気のお定まりのぶっつかり場所でしたから、雲や雨や雷や霧は、いつでももうすぐ起って来るのでした。それですから、北上川の岸からこの高原の方へ行く旅人は、高原に近づくに従って、だんだんあちこちに雷神の碑を見るやうになります。その旅人と云っても、馬を扱ふ人の外は、薬屋か林務官、化石を探す学生、測量師など、ほんの僅かなものでした。
 今年も、もう空に、透き徹った秋の粉が一面散り渡るやうになりました。
 雲がちぎれ、風が吹き、夏の休みももう明日だけです。
 達二は、明後日から、また自分で作った小さな草鞋をはいて、二つの谷を越えて、学校へ行くのです。
 宿題もみんな済ましたし、蟹を捕ることも木炭を焼く遊びも、もうみんな厭きてゐました。達二は、家の前の檜によりかかって、考へました。
(あゝ。此の夏休み中で、一番面白かったのは、おぢいさんと一緒に上の原へ仔馬を連れに行ったのと、もう一つはどうしても剣舞だ。鶏の黒い尾を飾った頭巾をかぶり、あの昔からの赤い陣羽織を着た。それから硬い板を入れた袴をはき、脚絆や草鞋をきりっとむすんで、種山剣舞連と大きく書いた沢山の提灯に囲まれて、みんなと町へ踊りに行ったのだ。ダー、ダー、ダースコ、ダー、ダー。踊ったぞ、踊ったぞ。町のまっ赤な門火の中で、刀をぎらぎらやらかしたんだ。楢夫さんと一緒になった時などは、刀がほんたうにカチカチぶっつかった位だ。
 ホウ、そら、やれ、
むかし 達谷の 悪路王、
まっくらぁくらの二里の洞、
渡るは 夢と 黒夜神、
首は刻まれ 朱桶に埋もれ。
やったぞ。やったぞ。ダー、ダー、ダースコ、ダーダ、
青い 仮面この こけおどし、
太刀を 浴びては いっぷかぷ、
夜風の 底の 蜘蛛をどり、
胃袋ぅ はいて ぎったりぎたり。
ほう。まるで、……。)
「達二。居るが。達二。」達二のお母さんが家の中で呼びました。
「あん、居る。」達二は走って行きました。
「善い童だはんてな、おぢぃさんど、兄な[#「な」は小書き]ど、上の原のすぐ上り口で、草刈ってるがら、弁当持って行って来。な。それがら牛も連れてって、草食ぁせで来。な。兄な[#「な」は小書き]がら離れなよ。」
「あん、行て…

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