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毒蛾
どくが
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「新修宮沢賢治全集 第九巻」 筑摩書房
1979(昭和54)年7月15日
入力者林幸雄
校正者土屋隆
公開 / 更新2008-03-22 / 2014-09-21
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私は今日のひるすぎ、イーハトブ地方への出張から帰ったばかりです。私は文部局の巡回視学官ですから、どうしても始終出張ばかりしてゐます。私が行くと、どこの学校でも、先生も生徒も、大へん緊張します。
 さて、今度のイーハトブの旅行中で、私は大へんめづらしいものを見ました。新聞にも盛んに出てゐましたが、あの毒蛾です、あれが実にひどくあの地方に発生したのです。
 殊に烈しかったのは、イーハトブの首都のマリオです。私が折鞄を下げて、マリオの停車場に下りたのは、丁度いまごろ、灯がやっとついた所でしたが、ホテルへ着いて見ると、この暑いのに、窓がすっかり閉めてあるのです。マリオは、こゝから三百里も北ですから、よほど涼しい訳ですが、やっぱり仲々蒸し暑いですからね、私は給仕に、
「おいどうしたんだ。窓をあけたらいゝぢゃないか。」と云ったんです。すると給仕はてかてかの髪を一寸撫でて、
「はい、誠にお気の毒でございますが、当地方には、毒蛾がひどく発生して居りまして、夕刻からは窓をあけられませんのでございます。只今、扇風機を運んで参ります。」と云ったのでした。
 なるほど、さう云って出て行く給仕を見ますと、首にまるで石の環をはめたやうな厚い繃帯をして、顔もだいぶはれてゐましたからきっと、その毒蛾に噛まれたんだと、私は思ひました。ところが、間もなく隣りの室で、給仕が客と何か云ひ争ってゐるやうでした。それが仲々長いし烈しいのです。私は暑いやら疲れたやら、すっかりむしゃくしゃしてしまひましたので、今のうち一寸床屋へでも行って来ようと思って室を出ました。そして隣りの室の前を通りかゝりましたら、扉が開け放してあって、さっきの給仕がひどく悄気て頭を垂れて立ってゐました。向ふには、髪もひげもまるで灰いろの、肥ったふくろふのやうなおぢいさんが、安楽椅子にぐったり腰かけて、扇風機にぶうぶう吹かれながら、
「給仕をやってゐながら、一通りのホテルの作法も知らんのか。」と頬をふくらして給仕を叱りつけてゐました。私は、ははあ扇風機のことだなと思ひながら、苦笑ひをしてそこを通り過ぎようとしますと、給仕がちょっとこっちを向いて、いかにも申し訳けないといふやうに眼をつぶって見せました。私はそれですっかり気分がよくなったのです。そして、どしどし階段を踏んで、通りに下りました。
 なるほど、毒蛾のことがわかって町をあるくと、さっき停車場からホテルへ来る途中、いろいろ変に見えたけしきも、すっかりもっともと思はれたのです。第一、人道にたくさんたき火のあとのあること、第二繃帯をしたり白いきれで顔を擦ったりして歩く人の多いこと、第三並木のやなぎに石油ラムプがぶらさがってゐることなどです。私は一軒の床屋に入りました。マリオの町だなんて、仲々大きな床屋がありますよ。向側の鏡が、九枚も上手に継いであって、店が丁度二倍の広さに見えるや…

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