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芸術座の『軍人礼讃』
げいじゅつざの『ぐんじんらいさん』
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集19」 岩波書店
1989(平成元)年12月8日
初出「演劇新潮 第一年第五号」1924(大正13)年5月1日
入力者tatsuki
校正者Juki
公開 / 更新2005-12-10 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 脚本について――
 同じショウのものでも、『ウォレン夫人の職業』と『アンドロクレスと獅子』との間には、殆ど一人の作家だけの距りがある。
 然し乍ら、その距りはショウが写実主義を作品の根柢に置くか、或はファンテジイを作の基調とするかによつて自ら生ずる二つの傾向であると云へる。
 そこで此の『軍人礼讃』であるが、これは写実主義の手法と、作者のファンテジイとが相半ばして、いづれを主とも定め難きものであらうと思ふ。そこにまた此の作品の面白味があるのである。
 翻訳は極めて忠実に、而も相当デリケエトな皮肉や諷刺の味を伝へる事に成功して居るやうにも思ふが、またそこまでゆけば翻訳の難事業はまづ十中の八九まで完成されて居ると云はなければならぬが、たゞこゝに問題が生じると云ふのは、事苟くも上演用の脚本に関するからである。
 これは戯曲の文体と云ふ問題になるから、こゝでは云はない。たゞ次に述べようとする俳優の台詞が、動もすれば聞きづらいと云ふのが、その罪の一半を翻訳者に於て負担するのが至当であると思ふ故に、こゝでこれだけの事を云つて置く。

 舞台意匠について――
 外国劇の上演と云ふことについては、色々の不便や困難が伴ひ、俳優も舞台監督も人知れぬ苦心をすることであらうと思ふが、その苦心こそはやがてその上演の結果を左右するものであることを忘れてはならない。
 先づ此の脚本の舞台はブルガリヤの或る小さな町であるとすれば、或る程度までブルガリヤの地方色を出すことが必要ではあるまいか。――その必要はない。――よろしい。それならば何故、舞台をもつと様式化しなかつたか。第一幕のペトコフ家令嬢ライナの寝室の如きは純然たる写実でありながら、その見すぼらしさは、木賃宿の一室と選ぶ所はない。勿論ペトコフ家の令嬢が寝るやうな寝台を一つ買ふにも三百円や四百円はかゝるのだから、そんなことの為めに金を使へと云ふのではない。只どうして色彩的効果によつて舞台に或るリュックスの感じを出し得なかつたか。

 演技について――
 私は先づニコラに扮した東屋三郎氏に満腔の讃辞を呈する。どこがいゝのか未だよくわからない、何しろ日本にもかう云ふ役者が出て来たかと思はれるやうな一種のエスプリイを持つた人のやうに思はれた。口だけでものを云つてゐないで、すばらしい瞼の働きを持つてゐる。腰のすわり方も一きは目立つてゐる。
 それならばブリュンチュリイの役を演じた汐見洋氏はから駄目かと云へば決してさうではない。最も複雑な表現を要するこの役をともかくも大きな破綻なくしおうせたことは手柄である。最初の幕は非常に六ヶ敷くもあるが、未だ渾然とした表現に達してゐない。これに反して第三幕目はゆとりのある確かな演出を見せた。たゞ此の人は人並以上の頭を持つてゐるのであるが、少くとも「俳優並」の技芸的訓練を積んでほしい。殊に発音と姿勢には徹底的…

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