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二つの答
ふたつのこたえ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集19」 岩波書店
1989(平成元)年12月8日
初出「舞台評論(大阪演劇連盟機関雑誌) 第四十一号(十月号)」1924(大正13)年9月15日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-11-07 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 仏蘭西の演劇聯盟乃至劇研究団体について何か書けといふ御註文ですが、御承知の通り、仏蘭西人は、頗る社交的であると同時に、極めて自立的で、社会的交際は盛んであるが、組織的団体を作ることはあまり好まない。大きな欠点とも云へるでせうが、そこにまた、民族的文化の特質があると思ひます。
 大阪演劇聯盟の組織や事業については、僕はまだよく研究してをりませんが、これに類するものが、独逸や亜米利加に――従つて日本に発達する可能を以てをることも亦民族的特質――従つて欠陥の半面を語るやうに思へます。
 僕は滞仏中、劇場はもとより、色々な芸術的団体に接近する機会も少くありませんでしたが、少数の「先駆芸術団体」を除いては、一般公衆の、言ひ換へれば、素人の「芸術研究団体」といふものがあるのを聞きませんでした。所謂素人劇団は沢山あります。然しそれは、所謂劇壇なるものと全く没交渉で、金などを取れば、それこそ人が見には行きません。
 それならば、公衆は演劇鑑賞の標準を何によつて定めるかと云へば、たゞ個人的趣味によつてと云ふより仕方がありません。勿論、専門の劇評家は毎興行の初日に、筆を揃へて各新聞の劇評欄を賑はせます。之を見て、どの劇場に行かうとか、今度は面白さうだとかいふ、つまり観劇の動機を与へ、その方向を決定することもあるでせう。然し、やつぱりその人その人の教養、趣味によつて、劇場を選び結果を評価する以外に、そしてそれが屡々輿論を作る以外に、他動的な、又は団体的観劇組織といふやうなものは全く無いと云へます。
 それなら、仏蘭西の公衆は、何れも劇芸術の何ものたるかを解し、優れた作品を翫味する能力があるかと聞かれゝば、即座に然りと答へることが出来ないにしても、「否」と答へることは、少くとも、その比例に於いて躊躇しないわけに行きません。たゞ「芝居に行くのは、楽しみに行くのだ」「感心はしても、くつろいだ気持になれないものは、われわれは御免だ」さういふ人は沢山ある。幸なことに、仏蘭西には色々な意味でゞはありますが「面白くない芝居」といふものがない。低級な――芸術的には――芝居を見に行つても腹の立つやうなことは滅多にない。気の毒になるやうなことはない。安心して芝居が観れる。これだけは有難い。

 演劇講演会は、時々あります。劇場が主催することもあり、コンフェランシャの如き講演機関が主催することもあり、また学校が主催することもある。然し聴衆は固より一定してゐません。
 演劇に関する研究雑誌、研究書籍が極めて少く、殆ど無いと云つてもいゝのは、兎に角、仏蘭西の公衆が、演劇に冷淡な為めではなく、又専門家が不親切な為めでもなく、仏蘭西人は一番「芸術は学問でない」ことを心得てゐるからでせう。それよりも、「理窟を云はなければ芸術がわからないと思つてゐる」連中が割合に少いからでせう。
 無名作家の劇的作品募集といふ…

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