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演劇一般講話
えんげきいっぱんこうわ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集19」 岩波書店
1989(平成元)年12月8日
初出演劇の芸術的純化「文芸講座 第一号」文芸春秋社、1924(大正13)年9月20日、舞台表現の進化(一)「文芸講座 第二号」文芸春秋社、1924(大正13)年10月10日、舞台表現の進化(二)「文芸講座 第四号」文芸春秋社、1924(大正13)年11月10日、演劇の本質(一)「文芸講座 第五号」文芸春秋社、1924(大正13)年11月30日、演劇の本質(二)「文芸講座 第六号」文芸春秋社、1924(大正13)年12月15日、演劇の本質(三)「文芸講座 第九号」文芸春秋社、1925(大正14)年2月16日、近代演劇運動の諸相(一)――小劇場主義と大劇場主義「文芸講座 第十号」文芸春秋社、1925(大正14)年3月7日、近代演劇運動の諸相(二)――本質主義と近代主義「文芸講座 第十一号」文芸春秋社、1925(大正14)年3月18日、結論――明日の演劇「文芸講座 第十二号」文芸春秋社、1925(大正14)年4月3日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-10-17 / 2014-09-21
長さの目安約 97 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     演劇の芸術的純化

 演劇は最も低級な芸術であるといふ言葉には、一面の真理があります。この言葉は――といふよりも此の事実は、近代の教養ある人士を劇場から遠ざけた。「芝居には行きますか――いゝえ――さう云ふわたしも行きません」――このマラルメの言葉は、殆ど、芸術を尊ぶものより送られた演劇への絶交状であります。
 演劇とは何んぞやといふやうな議論も、随分古くから繰り返され、近代に至つて色々な美学的解説や、定義が下されるやうになりましたが、それは何れも机上の空論であつて、それならば、さういふ演劇がどこにあると云はれゝば、一句も吐けない。演劇は依然、文芸や美術音楽などゝ並んではゐるものゝ、常に面はゆげにその姉妹らの余光を仰いでゐるといふ有様だつたのです。
 凡そ一つの芸術品が、芸術としての存在を主張し得るためには、創造者の霊感が、直接、そして純粋に、美の表現に到達してゐなければならない。そこには、平俗なる感情との妥協や、偶然が齎らす効果の期待などがあつてはならない。演劇は其の性質上、さういふ不純な、間接的な、動機に束縛され、左右され易い。或る程度まで、それが避けられない。そこから、演劇の芸術的存在が危ぶまれ、困難となるのではないか。かういふ立場から、演劇の芸術的純化を試みた最初の人が、誰も知るアンドレ・アントワアヌであります。
 アントワアヌの事業、即ち自由劇場以後の運動については、後に述べることゝし、こゝでは演劇を形づくる諸原素が、如何なる状態と関係に於て演劇の芸術的堕落を導いたか、その問題について、一と通り研究して見ようと思ひます。

       脚本について

 演劇に於ける脚本の位置といふ問題は、今日まで殆ど異論がありません。たゞ一つ、ゴーヅン・クレイグの演劇論が、文学として存在する戯曲の運命を予言して、これを将来の舞台から駆逐しようとしてゐます。然し、これは一つの理想論であつて、今は問題にしなくともいゝ。然しこのことについては勿論、後に述べるつもりであります。
 それでは、演劇に於ける脚本の位置はどうかと云へば、それは音楽に於ける楽譜である。楽譜の演奏が音楽と呼ばれるやうに、脚本の演出が演劇と呼ばれる。従つて演劇の価値は、脚本の価値によつて根本的に左右されるものであります。此の論理は一応、註釈をつけて置く必要があります。といふのは、如何に優れた脚本でも、演出次第ではつまらない演劇になるではないかといふ反駁が出ないとも限らないからであります。然し、此の反駁は更にかういふ反駁を受けはしませんか。即ち、それならどんなに低級な脚本でも、演出さへ巧みであれば、優れた演劇になり得るか。さうは行きません。そこで、やつぱり優れた演劇とは、優れた脚本の優れた演出といふことになります。然し、優れた演出といふことは、結局脚本を完全に舞台の上に活かすといふこと以外に何…

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