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巴里素描
パリそびょう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集19」 岩波書店
1989(平成元)年12月8日
初出「新小説 第二十九年第十一号」1924(大正13)年11月1日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-11-07 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     ヴォルテエル河岸

 霧雨。――外套の襟を立てる。
 ――いくら……これ?
 ――ラ・ハルプの文学史……六十法。
 ――さよなら。
 小蒸気の笛。
 ――危ない、滑りますよ、奥さん。


     サン・ミシェル街

 新調のズボンが短か過ぎる。
(また、一人で飯を食ふのか)
 ――おい、どうした。
 ――うるさい。
 マロニエの若葉の匂ひ。


     ルュクサンブウル公園

 朝から噴水を見てゐる。
 玩具のヨットが波を切る。
 母親の若い日傘が眩しい。
(昨日の希望……明日の憶ひ出……)
(あいつの瘠せ方はどうだ)
(畜生! 新聞の盗み読みをしやがる)
 さあ、いらつしやい、いらつしやい。お子供衆のお慰み……ポリシネルの大活躍……。木戸はたつた十銭……。


     モンパルナスの基地

 ――黙つてるね。
 ――さうでもない。
 ――何が可笑しいんだ。
 ――可笑しいもんか。
 ボオドレエルの死像の前――
 *(人、象徴の森を経て、こゝを過ぎ行き……)
 落葉、落葉、落葉……。


     コンコルドの広場

 ――突つ切らうか……? よさう。


     シャン・ゼリゼエ街

(われをして百万長者たらしめよ)
シトロエンよりも古風な幌馬車
君は女王――われは御者
日の暮れぬ間に
プウロオニュまで一と走り。


     ブウロオニュの森

 濡れ場によし。
 殺し場によし。
 朝は独り者の散歩に――
 真昼は子供の遊び場に――
 夕暮れは語らひによし。
 夜更けては、企らみあるものによし。
 春は中年の女と一緒がよし。
 秋は処女と――
 夏は職業婦人と――
 冬は……どんな女とでもよし。


     凱旋門――(星の広場)

 強盗殺人誘拐犯ナポレオン!
 扨て、ヴィクトオル・ユゴオ街に出るにはと…………。
 牝牛(巡査)は何処にゐる?


     グラン・ブウルヴァール

 国際的情慾が服を光らすキャフェ・ド・パリのテラス。
 一週間滞在の旅客が宝石屋の飾窓にしがみつく。
 それが若し東洋の紳士なら、英語で「面白いものを見せてやるから……」と云つて見給へ。


     モンマルトル

 巴里の哄笑と吐息――
 傍若無人な粋士と感傷的虚無主義者とが踊り子の脚を批評する。
 こつちは、オスカア・ワイルドの親友でなければ、ロオトレツクの弟子か。
 どつちでもない。それぢや「取り持ち」だ。
 日曜服のタイピストなんか御免だと云ふやつ――など。

 機智――「僕といふ人間が存する、それがわるければ御免なさい」
 趣味――「すぐわかつちや面白くないね。しかし、考へるのはいやだ」
 哲学――「どうにかなつて行くよ」


     ルウヴル博物館

 一日で一と通り観たといふものは何も観てゐない。
 一と月通つてアングルを観たといふもの…

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