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ポオル・エルヴィユウ
ポオル・エルヴィユウ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集20」 岩波書店
1990(平成2)年3月8日
初出「炬火おくり」春陽堂、1925(大正14)年5月15日
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2005-10-12 / 2014-09-18
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 千八百九十五年、「鋏」(Les Tenailles)を発表して一躍劇壇の注目を惹いたポオル・エルヴィユウ(Paul Hervieu)は、千八百九十七年「人の掟」(La Loi de l'Homme)三幕が国立劇場の上演目録中に加へられる幸運(?)を担ひ、次で千九百一年、ヴォオトヴィル座に於ける「炬火おくり」(La Course du Flambeau)四幕の素晴らしい舞台的成功によつて、遂に劃時代的劇作家の名を肆にした。
 彼は、自由劇場の運動から何等の影響を受けてゐない。小説家として、一面、写実主義的傾向を有つた彼は、その戯曲に於て、全然概念的な舞台表現を試み、この点が却つて、写実万能の当時の劇壇に、一つの新味として迎へられたことは云ふまでもない。彼の推賞者は、悉く伝統主義を標榜する批評家であつたことも注意しなければならない。

 彼の取扱ふ主題は、常に或る「問題の解決」である。彼の描く人物は、悉く、或る「原則の傀儡」である。事件の推移は飽くまでも論理的で、人物の性格は余りに類型的である。彼は法律の欠陥、制度の不合理、道徳の矛盾、因襲の誤りを攻撃するために、一切の要件を具備した人物と、その関係と、順序正しき事件とを想像する。舞台の上には、「生命の連鎖」がない代り、「論理の脅威」に依る絶間なき感動がある。対話は極めてぎごちない文語体で、ニュアンスと韻律に乏しく、然しながら、理路整然として淀む処がない。自然主義末期の「鄙猥劇」に眉を顰めつつあつた当時の右傾批評壇が、エルヴィユウの作品に、古典劇の単素さと厳粛さとがあることを指摘したのは、あながち、その芸術的手法の点にのみ触れたのではあるまい。

 之を要するに、劇作家として彼に最も欠けてゐるところのものは「詩」と「機智」であるが、彼は、徹頭徹尾、冷やかな弁証家であると同時に、優しい道徳家であり、その冷やかさによつて人を撃ち、その優しさによつて人を動かす呼吸を誰よりも心得てゐる。そこが、此の戯曲のもつポピュラリティイである。
 名優レジャンヌ夫人の至芸は、女主人公サビイヌを不朽なものにした。このことは、正に演劇史上の奇蹟である。
 この他彼について私が知つてゐることは、彼が外交官であつたこと、儕輩を抜いてアカデミイ会員になつたこと、非常に功名心の強い男であつたこと――これくらゐのものである。
「炬火おくり」は、十数年前、「焔まつり」と題して翻訳したものである。
 その頃の私と、今の私とは、此の作品に対する考へ方もすつかり変つてゐる。
 それにしても、仏国近代劇の史的研究から、ポオル・エルヴィユウの名を除外することは不当であり、劇作家エルヴィユウの作品から、その代表作として「炬火おくり」一篇を選ぶことは、恐らく自然であらうといふ見地から、自分の嘗て費した労力を、無駄にしたくないといふ未練さも手伝つて、今日、これを…

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