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衣食住雑感
いしょくじゅうざっかん
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集20」 岩波書店
1990(平成2)年3月8日
初出「文芸春秋 第四年第三号」1926(大正15)年3月1日
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2006-03-28 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 どんな着物を着たいなどゝ思つたことは勿論ないが、こんなものを何時まで着てゐるのかなあと思つたことは度々ある。
 外に出る時は洋服、家の中では和服に限るとは誰も云ふことだが、雨上りのぬかるみを高下駄でこねゆく風情もまた一興である。これは皮肉ではない。ぢつとしてゐる時ズボンの股ほど気になるものはあるまい。
 しかし、和服を着て椅子に腰をかけると、何となく心細い。裾から風がはひるやうな気がする。――風だけならいゝが……。
 新調の洋服など着込んで、賑やかな街を漫歩する気持、これは、想像するだけならいゝ。さて、飾窓に映る姿を見て顔を赤めずにはをられるものはない。変な縞のカウスなんかゞ袖から出すぎてゐなければまだしも……。
 暖かくなつて、初めて外套を着ずに出た日は、裸で飛び出したほどバツが悪い。靴の大きすぎるのが目立つ。
 それはさうと、冬、和服にメリヤスのズボン下を穿いて外に出ると、そのズボン下がどういふ加減か、いやにねぢれて、毛臑にからみつくのはうるさい。
 インバネスは、夕暮れの通りを二人で歩く時だけにしたい。
 晴れた日に黒絹の雨傘を持つて出る用心深さを僕は愛する。

 食ひ物は、どんなものでもそれを食つてゐる時だけしか僕の頭を支配しない。つまり、何が食ひたいと思つたことは、これまで殆んどない。だから、外に出て、食事頃になると、「何を食はうか」といふ問題で、可なり迷ふ。その為めに、とうとう何も食はずにしまふことがある。結局、何も食ひたいものがないわけであらう。
 かういふ時、アスピリン見たいな錠剤を一つ飲んで置けば、腹がふくれるといふやうな、さういふ食ひ物を誰か作つてくれないかなあと思ふ。
 家にゐても、三度三度食卓につくのが面倒でしやうがない。
 食つて見れば美味いと思ふものもあるにはあるが、それはその場だけの話。
 味感の記憶――四ツか五ツの時、馬丁に連れられて、何処か裏通りの駄菓子屋へ行き、生れて初めてラムネを飲まされた時のあの印象深い舌ざはり。
 巴里ソンムラアル街の屋根裏の一室で、画家Oが心尽しの茶飯一椀。
 何時の頃からか、僕は飯を慌てゝ食ふ癖がついた。
 本郷辺で下宿生活をしたことがある。あの時分、僕は、決して膳の前に坐つたことがない。中腰でかき込んだ。眼をつぶつて汁を啜つた。沢庵をしやぶつて吐き出した。
 チイスならキヤマンベエル、味よりも連想がなつかしい。

 かういふ家に住みたいなあと思つたことがそれでも二三度はある。
 勿論ヴエルサイユ宮殿では廊下だけでも広すぎるし……まあ馬鹿なことを云ふのはよさう。建築は……そんなことはあんまり考へない。たゞ、書斎と寝室はコンフオルタブルなものが欲しい。
 若し食堂があるなら、古風な家具で飾りたい。頑丈なシユミネと、塗りのいゝピヤノがあれば、別に客間はいらない。
 などゝ、これくらゐの註文さへ、現在…

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