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新劇協会公演に先だつて
しんげききょうかいこうえんにさきだって
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集20」 岩波書店
1990(平成2)年3月8日
初出「演劇新潮 第一巻第八号」1926(大正15)年11月1日
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2005-11-21 / 2014-09-18
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 新劇協会が、今度、文芸春秋社の手で経営されることになり、われわれは、微力ながら、将来、同劇団の上演脚本選定並に舞台指揮に関して、共同の責任を負はなければならないことになつた。それについて、個人の立場を離れ、同劇団の関係者として、一応、意の在る処を述べて置きたいと思ふ。
 一、上演脚本選定について
上演すべき脚本は、国の内外、流派、色調の如何を問はないのは勿論であるが、従来、営利劇場の舞台に容れられないために、其の戯曲的価値が、空しく葬り去られようとしてゐるわが国現代作家の新しい作品を、成可く多く世に知らせたいと思ふ。
 二、舞台指揮について
われわれは「演出者」として、自分達の色彩で此の劇団を塗り上げたくない。われわれは、作者自ら舞台指揮者たることを正当と認め、事情によつては、臨時に、或る脚本の舞台指揮を或る「演出家」に依頼するつもりである。
 何と云つても、一劇団の主体を形造るものは、俳優である。新劇協会は、現在著しい不具者である。劇団として、ほんたうの仕事を初めることはまだ出来ない。故に、先づ、完全な劇団の組織を目的として、徐々に必要な手段を講ずる訳である。「これでいゝ」といふ時機は、非常に遠い将来であるかもわからないが、われわれとしては、たゞ、戯曲のインタアプレエトとしての俳優の素質を、より合理的な方法によつて、より速かに向上させることを努めたいと思ふ。
 所謂「新劇」の為めに、進んで経済的支持者たらうとする特志家を得たことは正に劇壇の快事である。此の機会は、逃すべきではない。不明を顧みず、敢て委嘱に応ずる次第である。
 之を文芸春秋社の事業と見るもよし、また新劇協会の仕事と呼ぶもよし、更に之を、某々等の新劇運動と称するもよしであるが、実は、現代の機運が此の計画を生ましめたものである。そして、此の計画の実行は、われわれ数人の力によるのではなくて、若き時代の熱意そのものに外ならない。



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