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名人地獄
めいじんじごく
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「名人地獄」 国枝史郎伝奇文庫(七)、講談社
1976(昭和51)年5月20日
初出「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日
入力者阿和泉拓
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2006-03-30 / 2014-09-18
長さの目安約 304 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

    消えた提灯、女の悲鳴

「……雪の夜半、雪の夜半……どうも上の句が出ないわい」
 寮のあるじはつぶやいた。今、パッチリ好い石を置いて、ちょっと余裕が出来たのであった。
「まずゆっくりお考えなされ。そこで愚老は雪一見」
 立ち上がったあるじは障子を開けて、縁の方へ出て行った。
「降ったる雪かな、降りも降ったり、ざっと三寸は積もったかな。……今年の最後の雪でもあろうか、これからだんだん暖かくなろうよ」
「しかし随分寒うござるな」
 侍客はこういって、じっと盤面を睨んでいたが、「きちがい雪の寒いことわ」
「……雪の夜半、雪の夜半……」あるじは雪景色を眺めていた。
「よい上の句が出ないと見える」
「よい打ち手がめつからぬと見える」
 二人は哄然と笑い合った。
「これからだんだん暖かくなろう」あるじはまたも呟いた。
「しかし今日は寒うござるな」侍客がまぜっかえす。
「さよう。しかし余寒でござるよ」
「余寒で一句出来ませんかな」「さようさ、何かでっち上げましょうかな。下萠、雪解、春浅し、残る鴨などはよい季題だ」「そろそろうぐいすの啼き合わせ会も、根岸あたりで催されましょう」
「盆石、香会、いや忙しいぞ」「しゃくやくの根分けもせずばならず」「喘息の手当もせずばならず」「アッハハハ、これはぶち壊しだ。もっともそういえば、しもやけあかぎれの、予防もせずばなりますまいよ」
「いよいよもって下がりましたな。下がったついでに食い物の詮議だ。ぼらにかれいにあさりなどが、そろそろしゅんにはいりましたな。鳩飯などは最もおつで」「ところが私は野菜党でな、うどにくわいにうぐいすなときたら、それこそ何よりの好物でござるよ。さわらびときたら眼がありませんな」「さといも。八ツ頭はいかがでござる」「いやはや芋類はいけませんな」「万両、まんさく、水仙花、梅に椿に寒紅梅か、春先の花はようござるな」「そのうち桜が咲き出します」「世間が陽気になりますて」――「そこで泥棒と火事が流行る」
「その泥棒で思い出した。噂に高い鼠小僧、つかまりそうもありませんかな?」ふと主人はこんな事をいった。
「つかまりそうもありませんな」
「彼は一個の義賊というので、お上の方でもお目零しをなされ、つかまえないのではありますまいかな?」
「さようなことはありますまい」客の声には自信があった。「とらえられぬは素早いからでござるよ」
「ははあさようでございますかな。いやほかならぬあなたのお言葉だ。それに違いはございますまい」
「わしはな」と客は物うそうに、「五年以前あの賊のために、ひどく煮え湯を呑ませられましてな。……いまだに怨みは忘れられませんて」
「おやおやそんな事がございましたかな。五年前の郡上様といえば、名与力として謳われたものだ。その貴郎の手に余ったといえば、いよいよもって偉い奴でござるな。……おや、堤を駕籠が行くそ…

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