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“現代風俗”に就いて
“げんだいふうぞく”について
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集23」 岩波書店
1990(平成2)年12月7日
初出「一橋新聞」1937(昭和12)年4月12日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-12-08 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 僕は近頃かういふことを考へる。日本といふ国はいつたい、何時になつたら風俗的に統一されるのであらうか?
 こゝで風俗といふ意味は、勿論広い意味である。フランス語で m[#挿絵]urs といふあれである。世相と云つてもいゝが、少し漠然としすぎるから、日常生活の表現形式として、やはり風俗といふ言葉を使ふ。
 風俗が統一されるといふことは、一国の文化が他国の文化の影響を表面的に受けなくなつた時、又は自国の伝統が絶対の魅力を失つてゐない時に、民衆がある一定の道徳的及び審美的標準を自己の生活のなかに求めるところから生れるのである。
 西洋の文明諸国は、あらゆる革命に通じて、なほ確固たる民族意識を象徴する風俗的特色を失はずに今日に到つてゐる。ところが、明治維新以後の日本は、政治的変貌と同時に、好むと好まざるとに拘はらず、まつたく世界歴史に類似のない風俗上の伝統破壊を敢行した。つまり、文明開化の精神は、形式的には、西洋の風俗を出来得る限り採用することにあつたのである。
 こゝで、ひとつ、問題があると思ふ。それは、今日と雖もさうであるが、抑々文明又は文化といふ観念の甚だしい混乱、不徹底、錯誤から、色々な悲喜劇が生じたことである。
 例へば、西洋風俗は一から十まで「近代的」であると信じた誤りが一つ。そのうちに、西洋文明は単に「物質的」な面でのみ優れてゐると主張する認識不足がその二つ。
 現代では「文化的」と云へば、きつと「西洋風」を連想する一方、これを遺憾とする風潮のなかゝらまた「日本文化」を過大評価する傾向が生れ「日本精神」又は「日本趣味」が、多くは「封建的」で「鎖国的」で「非人間的」でさへあることを忘れがちな議論が横行する始末である。
 民族性を強調する場合、屡[#挿絵]独善に陥り、国際性を説く者が須く自卑的な口吻をもらすのは、何れも「文化」に対する一面的な観察を土台とするからで、現代日本の姿といふものを、風俗的に観察すれば、悲観も楽観もしてゐられないのである。
 行くところへ行くといふ自然法的な解決も考へられないことはない。混乱は統一への段階であると云へば云へるのであるが、それには、何処かに指導的な力が働かなければならぬ筈である。見渡すところ、そんなものは何処にもない。
 少くとも、民衆は、偽瞞と矛盾のなかに、生活の方向を失はうとしてゐるのである。青年の無気力が云々され、インテリ階級の頽廃が論ぜられるといふのは、結局「日本はどうなるか」といふことの不安に原因があるばかりではない。さういふなかで「正しく生きる」道を指し示す「文化的標識」を見失つてゐるからである。
「正しく生きる」と云へば、非常にむつかしい議論になるが、要するに、分に応じて自己の仕事を選び、社会の一員として悔いのない生活を送ることである。生半可な政治知識で天下国家を論じる必要はないし、実行力なくして結社に投…

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