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新劇の観客諸君へ
しんげきのかんきゃくしょくんへ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集22」 岩波書店
1990(平成2)年10月8日
初出「築地座 第十一号(一周年記念号)」1933(昭和8)年2月25日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-11-01 / 2014-09-21
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私は、たしか去年の正月、某新聞の需めによつて、「劇壇へ」といふ一文を発表しました。今、築地座(多分宣伝部から)の依頼で何か書かなければならないのですが、ふと思ひついたのは、その「劇壇へ」といふ文章の中で、紙数がないために、云ひ尽さなかつた一項目、即ち、「観客へ」の希望を、この機会に敷衍させて貰はうと思ふのです。
 さて、便宜上、その「劇壇へ」の冒頭を少し引用します。
『註文により、「劇壇へ」と呼びかけはしましたが、少くとも今日の私にとつて、その相手はどこにゐるのか、さつぱりわからないのであります。
 劇壇とは、劇場を中心として、俳優、作者、演出家、批評家、装置家、その他演劇関係者を悉く網羅した一社会を指すものでありますから、現にそれは存在しないわけではないのですが、その社会には、今や脈絡なく、秩序なく、理想なく、希望なく、発言者なく、傾聴者なく、権威なく、輿論なく、ただあるものは、商業主義の盲断と、これを繞る因襲の跋扈のみであつて、演劇そのものは、呼べども応へざる遥か彼方に、多分猿轡をはめられて、殺せ! 殺せ! と藻掻いてゐることでせう。商業主義も可なり、因襲も亦可なりですが、演劇の社会にあつては、一方、これを刺激し、これを誘導する創造的機運が、そのどこかに動いてゐなくてはなりません。そしてそれが、絶えず何等かの形で表面に浮び上つてゐなければなりません。
 わが劇壇の現状は、遺憾ながら、かういふ機運の成長を阻むあらゆる要素から成立つてゐるのです。…………………………………………………………………………………………………』
 そこで、早速、本論にはひりますが、今日までの「新劇」といふものは、大体、その結果から見て、一つの役割を果したといつてよいのです。元来、新劇の成立は、西洋劇の紹介から出発したもので、旧劇にもあらず新派劇にもあらざる国劇の樹立といふ名目は、名目としては立派でありますが、まだその緒にもついてゐません。ところが、西洋劇紹介の方面では、紹介の方法こそ限られてゐましたが、過去数世紀に亘る欧洲劇壇の歩みを、近々十数年に圧縮して、次々と目新しいもの、劃時代的なものを見せて行つたのですから、これは演る方も張合があり、観る方も飽きる筈はない。新劇は正に天下泰平でありました。
 ところが、「さうは問屋で卸さない」の言葉通り、かの構成派あたりを最後として、欧洲の劇壇は、新柄の発売を停止しました。こちらでは、一と通り見本を並べ終つて、これから、お客さんは、地質、値段の点検にかからうとしてゐる。新劇の方では、生憎、お客さんが、柄いきだけで、品物に飛びついて来ると思ひ、正札は、人絹を本絹並みにつけてあるのです。
 かういふと、悪辣なやうですが、これまでの新劇の側からいへば、自分自身、その値段なら買ふつもりでゐたのでせう。
 お客さんは、いよいよ、反物を取上げた。
「…

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