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伊賀山精三君の『騒音』
いがやませいぞうくんの『そうおん』
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集22」 岩波書店
1990(平成2)年10月8日
初出「築地座 第二十二号」1934(昭和9)年4月28日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-10-17 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 伊賀山君の『騒音』を、最初読んで聞かされた時、僕は、いきなり、たうとう伊賀山君も、作家らしい作家になつたといふ気がし、この戯曲のもつ「真実性」が、単なる見せかけのものでないことを信じたのである。
 写実主義も、ここまで生活と心理とを追ひつめれば、はじめて、一種の厳粛さを感じさせる。また一方、これだけでは「舞台的」になんとなく物足らぬ点もないではないが、さういふ程度の写実主義が、実際、劇的作品の中に感じられたことだけでも、日本の新劇史を通じて、特筆さるべきものであると僕は考へる。
 映画人といふ「現代的タイプ」を捉へて、一見新しくもなささうな「心理」の解剖を試みてゐるのだが、生活描写にも相当の観察があり、殊に、「心理の襞」に食ひ入る執拗さに至つては、聊か日本人離れがしてゐるくらゐで、ここが戯曲家として、今後、伊賀山君の独自性を示し得る点であらう。
 この執拗さは、時によると、戯曲のスタイルを散文的にしてゐるが、登場人物の組合せに現れた作者の好みと共に、作品全体を、異様な触感で包んでゐる。例へば、爬虫類の皮膚を想はせる触感である。
 演出家によつては、興味の重心をそこへおき、舞台に若干の誇張的色彩を与へるかもしれぬが、僕は寧ろ、作者の意識せざる半面を故ら露出させる方法に賛成しないのである。
 築地座の若い諸君が、殆ど配役の大部を背負つて、この戯曲を如何にしこなすか、「新劇再出発」に際して、これが相当有意義な仕事であつてくれれば、僕の希望は達せられたわけである。(一九三四・四)



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