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言葉の魅力[第一稿]
ことばのみりょく[だいいっこう]
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集22」 岩波書店
1990(平成2)年10月8日
初出「婦人公論 第十九年六月号」1934(昭和9)年6月1日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-10-29 / 2014-09-21
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

       一

「言葉」といふものは、単に思想や感情を伝へる記号として、日常生活に欠くべからざるものであるばかりでなく、ある一人の使ふ「言葉」は、万人共通の意味をもつと同時に、その人に「固有にあるもの」を現はしてゐるのであつて、この点から見れば、それは人間の「表情」に近いものである。
 従つて、語学的に、又は文法的に正しい言葉遣ひといふものもなければならぬが、一方、文学的に、又は感覚的に美しい言葉遣ひといふものも生じるわけである。
 この研究は、専門的にはひつて行くと、なかなか複雑で、限られた紙数では論じ尽せないが、此処では、なるたけ「実用的」に、言葉について考へるべきことを述べておかうと思ふ。
 先づ、「話される言葉」又は「語られる言葉」といふ範囲で、われわれは、生れてからどういふ教育を受けたらうか?
 両親を中心とする家族のものから、先づ第一に「言葉」を教へられる。
 次に年齢に応じて、境遇経験を異にする友達から、「言葉」を教へられる。
 第三に、学校の教師から、所謂「標準語」として、実は「教師固有の言葉」を教へられる。
 かうして、丁年に達する頃には、略、「その人の言葉」なるものが出来上るのであるが、その「出来上つた言葉」は、正しいか、美しいかといふ問題を別にして、大体、その人の「人柄」をそのまゝ写してゐるものだと云ひ得るのである。
 この場合、方言とか訛とかは、その人の出身地を示すだけで、必ずしも「人柄」を現はすものではなく、「東京のもの」か「地方のものか」といふ区別は、なんら「言葉の値打」に関係はないのである。
 さて、「言葉」が「人柄」を現はすといふ事実から、「言葉」に対する興味が動いて来るのは、どうしても、ある程度以上の年齢に達してからである。所謂社交らしいものがはじまり、都会に学ぶ機会を得、小説に読み耽り、自分の「心」まで鏡に映してみようといふ年頃である。

       二

 さういふ時機に、はじめて、「言葉に対する批判」が開始されるわけであるが、先づその標準として、「東京の言葉」なるものが、「地方の言葉」よりも重んぜられるのが普通である。殊に、若い女学生の間などでは、「東京の流行語」がそのまゝお手本になるやうなことがある。
 東京は文化の中心であるといふ印象が、かういふ傾向を持ち来したのであるとすれば、それも止むを得ぬが、これがために、悲しむべき結果が生じてゐる。といふのは、地方の訛がぬけぬうちに、「東京の言葉」を強ひて使ふ可笑しさは、御本人にとんとわからぬと見えるからである。これでは折角「文化人」らしく見せようとする努力が、最も「野暮つたい」人物を作り上げてしまふことになるのである。
 かういふ無駄な努力をするよりも、それだけ「言葉」に神経を使ふなら、地方の人は地方の人らしく、「自分の言葉」を「教養」によつて、正しく、美しくするこ…

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