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シュアレスの「三人」(宮崎嶺雄君訳)
シュアレスの「さんにん」(みやざきみねおくんやく)
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集22」 岩波書店
1990(平成2)年10月8日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-11-13 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 私は嘗て、シュアレスを知るために、そして同時に、フランス人の観たイプセンなるものを注意するために、この『Trois Hommes』を読んだ。
 近代劇の始祖といふ名で、また、深刻な思想劇作者といふ名で、この北欧の天才を眺めてゐた私の眼前に、忽ち、一個の異つた風貌が現はれた。民族の夢と痼疾を背負ひ、しかも、これに立ち対ふ荒々しい孤独の魂である。われわれが単に、「イプセン的」なりと考へてゐたものの中に、実は寧ろ「諾威的」といふべき気候が支配してゐることを初めて感じ、この巨大な精神を新しく理解すべき鍵を与へられたやうに思つた。
 この発見は、更にパスカル及びドストエフスキイの頁を読む興味を倍加させた。私はこの「三人」によつて、様々な感動と愉悦を味はつたが、何よりも著しい利益を得たと思ふのは、イプセンが諾威人であり、ドストエフスキイが露西亜人であり、パスカルが仏蘭西人であるといふ単純で明確な事実を、それぞれの文学的特質の上で、初めて、単純に、明確に、印象づけられたといふことである。外国文学の理解翫味は、かゝる基礎の上に立たなければ、往々、独合点に陥るものではないかと思ふ。
 が、しかし、シュアレスは、彼自身、決して民族的立場からこの「三人」を取扱つてゐるのではない。彼は飽くまでも、近代に生きる孤高な悲劇詩人として、これらの先輩に熱烈な握手を求めてゐるのである。彼の批評の眼は冷たく凍つてはゐない。その分析は深く内奥の秘密を探る如くであるが、寧ろ常に、誠実な挨拶であり、率直な歓呼に外ならぬ。
 私はこの書が日本に紹介されることを望み、山本書店主に勧めてその翻訳を、最も適任と思はれる宮崎嶺雄君に委嘱した次第である。それ故、内容、訳文ともに、私は責任を以てこれを江湖に推薦し得ることを悦ぶものである。(一九三五・三)



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