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小山祐士君の『瀬戸内海の子供ら』
こやまゆうしくんの『せとないかいのこどもら』
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集22」 岩波書店
1990(平成2)年10月8日
初出「築地座 第二十八号」1935(昭和10)年4月26日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-11-13 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 小山君の戯曲家としての成長は、その階梯が極めて劃然とし、『翻るリボン』から、『十二月』、それからこの『瀬戸内海の子供ら』に至る最近の三作を通じて、見事な飛躍をなし、遂に、同君の今日の境地に於て、恐らく完璧ともいふべき表現に到達し得たといふことは、芸術修業の道にあるものが、等しく羨望に堪へぬところである。如何なる好条件に恵まれてゐるにもせよ、会社勤めの傍ら、この大作にじつくりと取組んだ同君の意気は、今日のわが戯曲壇に多くの教訓を垂れるであらうと思ふが、それよりも、彼が、一切の理論と風潮に拘はらず、その「身についた文学」を徐々に築き上げ、戯曲に於て、「詩」と「散文」の交錯する一点を確実につかみ得た結果であらう。
 小山君の、時としては自らこれに酔ふ如きかの音楽的幻想は、次第に現実の肉体によつて置き代へられつつあるが、その観察は、常に新鮮であると同時に、またややもすれば装飾的である。主題の流れに添ふものとしては、切り捨てるべき部分がなくもない。ただ、作者ならずとも、これは惜しいのである。
 舞台ではそれゆゑ、刻々の幻象を、精密に、完全に生かし出さなければ、自然空隙が目立つか、平板に陥り易いといふことになる。
 俳優の努力もひとしほであるし、見物の心構へも亦これに相応したものであつてほしい。
 要するに、小山君は、瀬戸内海が生んだ現代有数の詩人であり、この戯曲は、新劇史上、記念すべき代表的作品の一つたることを、私は敢へて信じるものである。(一九三五・四)



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