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車引耕介に答ふ
くるまひきこうすけにこたう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集22」 岩波書店
1990(平成2)年10月8日
初出「読売新聞」1935(昭和10)年12月4日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-11-19 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 十一月三十日の壁評論「新劇さびれ戯曲栄ゆ」を読んで、小生が徒らに空言を弄するやうに思はれては困るから、「世界的水準に迫るのも遠からぬ各戯曲が何故新劇を興隆させることができぬかその謎をハツキリ解け」といふ車引氏の注文にちよつと挨拶をしておく。
 第一に、この謎は、もう解かれてゐる。新劇に不断の関心をもつてゐるものなら、もうこれを不思議とは思はないのである。われわれは今はつきり目標を見定めた以上、協力して、この「奇怪な図」と戦つてゐる。
 第二に、世界的水準に迫るといふことは、それほど「威勢のいゝ」話ではない。やつと西洋の劇壇へ出しても及第点がとれるといふほどの意味なのだ。それくらゐのものさへ今迄殆どなかつたといふ事実に目をふさげば、話はもうわからないのである。
 第三に、現在の新劇がさびれてゐるといふのは、半ば肯定できるが、もう一つの半面を見落した観察である。新劇といふものが、元来、派手な外観を呈してゐてはならぬのに、さうでありすぎた過去の一時期を以て、恰も、新劇の隆盛期であつたかの如く思ふことが誤りなのである。
 現在の新劇は、云はゞ、基礎工事のやり直しである。気長に、しかし、安心して待つてゐて欲しい。いや、大に声援して貰へれば一層ありがたい。



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