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世界覗眼鏡
せかいのぞきめがね
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集21」 岩波書店
1990(平成2)年7月9日
初出「東京朝日新聞」1928(昭和3)年1月24~29日、2月1~2日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2007-06-19 / 2016-05-12
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 この覗眼鏡はそんなに珍らしいものではない。ただ、当分用がなささうだから、どこか邪魔にならないところへしまつておかうと思ふのである。
 こはれたり、狂つたりしてゐるところがあるかもしれない。殊にほこりだらけだから、手を汚さないやうにして見て下さい。
          ★
 セシル・ソレル嬢といへば、パリ人ならだれでも知つてをり、アメリカ人と日本人とに多少名前を覚えられてゐるコメディ・フランセエズの幹部女優であるが、婆さんの癖に器量自慢で、いつもコケツトの役を得意になつて演じてゐる。
 鼻が高すぎるので、舞台でも、サロンでも、写真をうつす時でも、きまつて天井を見てゐる。これは僕の発見だ。
 この女、ある朝、寝床の中で、コオヒイかなんか飲みながらコメディア(演芸新聞)をひろげると、二段抜きで、だれかの漫画が出てゐる。お化のやうな女だ、眼尻のしわが年を語り、偉大なわし鼻と、あごのしやくれ方に著しい特徴がある。おや、だれかに肖てるな、と下を見ると、驚いた。正しく、コメディ・フランセエズ――セシル・ソレル嬢ではないか。
 丁度、その日から漫画の展覧会が開かれるといふことは聞いてゐた。その展覧会に出品された自分の絵姿だと気がついた時、セシル・ソレル嬢は、寝台の上で歯ぎしりをした。
 彼女は、卓上電話を取り上げて、知り合ひの弁護士を呼びだした。
「あ、もしもし、あんた、今朝のコメディア見た?」
 それから、彼女は、漫画家Bを相手取つて名誉毀損の訴訟を起すことにした。
 翌日の新聞は賑はつた。――賠償金十万フランを請求――セシル・ソレル嬢曰く「女優は美しいといふことが義務なのです。いいえ、美しい権利があるのです」
 一方、漫画家のBは、自分の作品が名女優の御気嫌を損じたことを遺憾とし、展覧会場に慈善箱をつるして、賠償金十万フラン調達のため、一般観衆の喜捨を求めた。
 展覧会場は押すな押すなの騒ぎである。
 セシル・ソレル嬢は、もうぢつとしてゐられなくなつた。自動車を命じて会場にはせつけた。見ると、その絵の前は黒山の人だかり。彼女は、その黒山をかきわけて、前に進み出た。そして、あはや番人の留めるひまもなく、繊手を伸ばして、額のガラス板をたたきわつた。
 翌日の新聞――「セシル・ソレル嬢の暴行」――「問題の絵は、傷ついたまま、N県選出代議士、某市市長、F氏に買ひ取られた」「嬢はガラスで指を切つた。その上、はめてゐた指輪のダイヤが、その時どこかへ紛失した」――「そのダイヤを拾つて届け出た者には十万フランの懸賞」――云々。
 展覧会が済んだ時、B君の慈善箱にはいつてゐた金、総計百十何フラン何サンチイム。
 程経て、紛失したダイヤモンドが嬢の手許に届けられた――といふ記事。届けた男は彼女の運転手だつたといふこと。記者は最後につけ加へる。
「その運転手は馬鹿な男だ。なぜ自動車の中に落…

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