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ジャック・コポオの印象
ジャック・コポオのいんしょう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集21」 岩波書店
1990(平成2)年7月9日
初出「悲劇喜劇 第六号」1929(昭和4)年3月1日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2007-12-10 / 2016-05-12
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 人を訪ねるといふことが非常に憶劫なたちなので、コポオに会ひたいと思ひながら、いよいよその方法を講じる決心をつけるまで凡そ半年もかかつてゐる。
 はじめ、アール・エ・アクシオンのララ夫人にその話をすると、「大使の紹介を貰つてらつしやい」と云つて、傍らにゐる夫君に笑ひかけた。ははあ、こいつは不味いと気がついて、僕は大使と懇意でない旨を答へると、夫人は、「誰かお国のえらい方から、文部大臣に話しておもらひなさい。コポオはさういふ風な男ですよ」と、今度は、露骨に片眼をつぶつて見せるのである。
 ララ夫人は、御承知の方もあらうが、思想的にはコンミュニストであり、芸術的にはウルトラ・モデルニストであり、コポオが大戦中、仏国政府の命をうけて、亜米利加へ宣伝旅行にでかけたことを、少なからず軽蔑してゐるのだといふことがわかつた。

 私は、手をかけて、今度は、ソルボンヌ大学のルボン先生に相談してみた。此の先生は日本の学生を大事にする先生だから、それでは自分が骨を折つてみてやる。その代り、わしの講義には出席しろといふやうなことで、しばらく機会を待つてゐると、丁度、大学へコポオが講演にやつて来た。ルボン先生は、早速、その後で私を呼んで、コポオ宛の紹介状をくれたのである。
 それはたしか、一九二一年のセエゾンがはじまつた頃だと思ふ。
 コルネイユの「[#挿絵]つき」が稽古にかけられてゐるある日の午後、私は、恐る恐るヴィユウ・コロンビエ座の裏門をくぐつた。

 此の劇場には、舞台の前にプロンプタア・ボックスといふものがない。これは一に舞台の構造が然らしめるのではあるが、またもう一つは、台詞がしつかりはひつてしまつた後でなければ芝居をあけないから、その必要がないとも云へるのである。その代り、舞台の前面右手に、小さな部屋があつて、その部屋には、舞台の方だけが見える格子がついてをり、レジスウルが例のグルナディエ(幕の上げ下ろしをする合図の棒。これで床を叩くのである)を持つて立つてゐるのである。
 そこで、私が案内されたのは、此の小さな部屋である。
 コポオは、二三人の座員となにか話をしてゐたが、私の顔を見ると、右手で私の手を握り、左手を私の肩にかけて、頗る気軽に応対をしてくれた。
 私はその時、予め用意して行つた文句をぶつぶつ云つたことは云つたが、なにしろ気をのまれてゐるので、ろくに舌がまはらず、ただ「ボン、ボン」といふコポオの声が、わけもなく私を感激させた。
 やがて、彼は、傍らの一人に向ひ、「おい、バッケ、お前の受持だよ、此の青年は……。家のものと同じだ。なんでも見せてあげるやうに……」
 それから、事務員を呼んで、毎回稽古の通知を出すこと、自由に小屋の出入を許すことなどの注意を与へてくれた。

 バッケといふのは、「ルルウ爺さんの遺言」で主役をやり、附属演劇学校でデクラマシヨンの講義…

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