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『シラノ』雑感
『シラノ』ざっかん
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集21」 岩波書店
1990(平成2)年7月9日
初出「報知新聞」1931(昭和6)年1月30、31日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2007-12-16 / 2016-05-12
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 二月の帝劇で左団次一派が『シラノ・ド・ベルジユラツク』を出すといふ、先年沢田正二郎が翻案白野弁十郎を演つた時、原作の面影がどれほど伝へられたかは知らぬが、今度は時間の関係で多少のカツトをする外大体、辰野、鈴木両君の定評ある名訳によるとのことであるから、左団次の演技次第で、かのポルト・サンマルタン座初演の当時をしのぶことが出来るかも知れない。
 なにしろ、フランスで芝居の歴史始まつて以来の大当りをとつた脚本であるのみならず、欧米各国でも、競つて上演し、いづれも華々しい成功を収めてゐる。そこで『シラノ』劇成功の第一理由として何人も認めてゐることは、無論これが不朽の傑作であるといふ事実は別として、その傑作が、たま/\その主題と色調とにおいて、国民的自負を満足せしめた一点にあるのである。
 十九世紀末葉においてフランスの劇壇は、かの自由劇場式自然主義劇の跋扈と北欧風個人主義劇の侵入によつて『民衆を楽ませる劇』の極度な不振を招いた。舞台は卑わいな姦通劇と陰惨な苦悶劇によつて占められてゐた。
『シラノ』は、フランス国民が、あらゆる時代に示した特質を帽子の羽根飾として、華やかに、彼等の前に登場したのである。そしてこの人物は、一個の英雄には相違ないが、不幸な容貌の持主である。『岬の如き鼻』は、わらふにもわらへない民衆的弱点である。フランス国民は、そこに己れの姿を見なかつたであらうか。
 その上、『シラノ』の性格には、幾多の矛盾があり、その言行はいはゆる道学者的標準によつてお手本化されてゐないところ、一層フランス人の気に入つたのである。こゝで日本の観客のために注意しておきたいことは、かくも欧米の観客をよろこばせた『シラノ』なる人物に、どこか『好み』の上で、日本の民衆を反ぱつさせるものがありはせぬかといふことである。殊にそれが英雄として示される場合、偶像的地位を占めてゐる場合、その英雄振り、偶像振りには、甚だ東洋的ならざるところがあり、殊に、作者が意識的に附加した時代的特色が、寧ろ一種の『気障つぽさ』であるところから、かういふ事情に通じない見物は『シラノ』の一言一行に反感をもたないものでもない。
 さうなると、この戯曲は助からないことになる。無論、喜劇であるから、その辺の誇張もあり、その誇張から生じる効果は、作者の才気をうかゞふに足るものであることを知らなければならぬ。日本の旧劇俳優が、フランス風の機智をどこまで生かし得るか、これが恐らく、こんどの上演で一番興味のある問題であらう。この脚本は俳優コクランの為めに書卸ろされたものであるが、コクランといふ俳優は柄からいへばむしろ下世話風な、あるひは三枚目式な特色をもつてゐたので、ロスタンも、そこを考へて、『顔の不味い』主人公を選んだのだらうと思はれる。
 ところが、左団次は多くの点でコクランと対照的に特色をもつた俳優といひ得るので…

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