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春日雑記
しゅんじつざっき
作品ID44643
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集24」 岩波書店
1991(平成3)年3月8日
初出「文学界 第七巻第四号」1940(昭和15)年4月1日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-02-14 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 去年の秋からどうもからだの調子がわるく、新聞の仕事があつたので、用心して入院したり転地したりした。
 話をするとどうもいけない。それでなるべく人にも会はず、会つても向うにばかり話をさせておくといふ風で、これもなかなか骨の折れる修業である。
 その間に、しかし、私は、偶然各方面の人々と識り合つた。どこでも同じと思ふが、人が寄れば必ず戦争の話である。それもいろいろな角度から、それぞれの現象をとらへて、めいめいの観察や批判を下すのであるが、案外、お互に人の知らないことを知つてゐるのに驚く。
 ところで、私が最も奇怪に思ふのは、われわれは、その「知らない」ことを計算に入れずに、あれこれと判断めいたものを下してゐることである。
「すべてを知つてゐる」ものからみれば、それらの判断が噴飯に値するであらうことはまことに想像にあまりがある。
 しかし、また一方、あることを「知つてゐる」から、その判断は常に正しいと云へないところもある。また、よくしたもので、「すべてを知る」といふことは、当の人間が信じてゐるほど容易なことではないのである。
 原因と結果とをはつきりさせることは、最も単純にして、かつ、微妙な精神労作である。私は今日まで、この初歩的な論理を現実の面にあてはめて考へる必要のある時機は少いと思ふ。
 なぜなら、世の風潮はすべて、この関係をさかさまにしようとしてゐるからである。
 日支の紛争についても、まづ私は、その原因と称せられることがらが、果して、真に原因そのものなりや否やを疑つてゐる。私に云はせれば、それこそ今日の結果の最初の現れであり、原因は寧ろ、今日結果とみるところのものゝなかに厳として存在するのである。
 両国の指導者はこゝに想ひ至らねば、永遠の和平など議する資格はない。
 話は違ふが、昨日ある新聞社から電話で、所謂「チブス饅頭事件」の判決が発表されたが、懲役八年は意外とは思はぬかといふ問ひであつた。その問ひの意味は、世間の同情が当の被告に集つてゐる折柄、第一審で三年の云ひ渡しがあつたのであるから、控訴の結果、更にその罪が重くなるといふのは、世間の期待を裏切るやうに思はれたのであらう。私はそれに対して、新聞のニユースだけの知識でそんな判断はつけかねると答へた。男性の忘恩と冷酷さを挙げて、被告の罪を軽しとみる人もあるやうだが、その考へ方なども私にはをかしいのである。
 今年は学校問題がやかましい。中等学校へ進む子女をもつ両親の苦慮を眼のあたりみた私は、更に、高等学校の理科志望が少いといふ傾向について、当局その他の意見を読み、つらつら「教育の危機」といふことを感じた。
 例へば、理科志望者の減少は、科学思想の衰退に原因があるとか、又は、技術者は前途を恵まれてゐないからだとか、さういふ議論は一応尤ものやうでゐて、ちつとも真相を穿つてゐないのである。仮に、それが事実…

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