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柳沢
やなぎさわ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「新修宮沢賢治全集 第十四巻」 筑摩書房
1980(昭和55)年5月15日
入力者林幸雄
校正者mayu
公開 / 更新2003-01-17 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 林は夜の空気の底のすさまじい藻の群落だ。みんなだまって急いでゐる。早く通り抜けようとしてゐる。
 俄に空がはっきり開け星がいっぱい耀めき出した。たゞその空のところどころ中風にでもかかったらしく変に淀んで暗いのは幾片か雲が浮んでゐるのにちがひない。
 その静かな微光の下から烈しく犬が啼き出した。
 けれども家の前を通るときは犬は裏手の方へ逃げて微かにうなってゐるのだ。

 一寸来ない間に社務所の向ひに立派な宿ができた。ラムプが黄いろにとぼってゐる。社務所ではもう戸を閉めた。
(こんや、二時まで泊めて下さい。四人です。たいまつがありますか。わらぢがありますか。それから何かよるのたべものがありますか。ほう、火がよく燃えてるな。そいぢゃ、よござんすか。入りますよ。)

(さあ、二時までぐっすりやるんだぜ。ねむらないとあしたつかれるぞ。はてな、となりへ誰か来てゐるな。さうだ、土間に測量の器械なんかが置いてあった。)
 青いきらびやかなねむりのもやが早くもぼんやりかゝるのに誰かどしどし梯子をふんでやって来る。隣りの室をどんと明ける。
「やあ旦那さん。ぶん萄酒一杯やりなさい。」
「葡萄酒? 葡萄酒かい。お前がつくった葡萄酒かい。熱めてあるのかい。」
「まあ一杯おあがりなさい。さうです。アルコールを入れたのです。」
「アルコールを入れたのか。あとで? 作ってから?」
「さうです。大丈夫ですよ。本当のアルコールです。見坊獣医から分けて貰ったのであります。」
「どうして拵へたんだい。野葡萄を絞ってそれから?」
「いゝえ、あとで絞るのです。まあ、おあがりなさい。大丈夫であります。」
「さうか。そんなら貰はうか。おっと、沢山だよ。ふん、随分入れたな、アルコールを。」

「ずゐぶん瓶を沢山はじけらせました。」
「ふん。」
「砂糖を入れないでもやっぱり醸きます。」
「さうかい。砂糖を入れたら罰金だらう。おい、吉田、吉田。吉田を呼んで来て呉れ、あ、いゝよ、来た来た。おい吉田。葡萄酒ださうだ。飲まないか。」
「さうですか。おや。熱くしてあるのか。どれ、おい沢山だ。渋いな。」
 ねむけのもやがまた光る。

「あしたは騎兵が実弾射撃に来るさうぢゃないか。どこへ射つのだらう。」
「笹森山、地図を拝見、これです。なあに私等の方は危くありませんよ。」
「しかし弾丸が外れたら困るぜ。」
「なあに、旦那さん。そんたに来ません。そぃつさ騎兵だん[#「ん」は小書き]すぢゃぃ。」
 ふん、あいつはあの首に鬱金を巻きつけた旭川の兵隊上りだな、騎兵だから射的はまづい、それだから大丈夫外れ弾丸は来ない、といふのは変な理窟だ。けれどもしんとしてゐる。みんな少し酔って感心したんだな。

「今日は君は楽だったらう。」
「えゝ、しかし昨日は鞍掛でまるで一面の篠笹、とても這ふもよぢるもできませんでした。」
「いや、おれの方…

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