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生活の貧しさ
せいかつのまずしさ
作品ID44666
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集25」 岩波書店
1991(平成3)年8月8日
初出「朝日新聞」1941(昭和16)年2月13日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-03-11 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 紀元節の朝、一映画女優の実演とやらを観るために、多数の見物が丸之内の某劇場に押しかけ、蜿蜒長蛇の列をつくるだけならまだしも、その余りが道路を埋め、百名の警官が整理に当つたが、群衆はその制止をきかず、混乱の極、怪我人まで出してつひに退散を命ぜられたといふ馬鹿馬鹿しい話が伝へられた。
 私はその現状を目撃したわけではないが、聞くところによると、群衆の七割が男、その半数は学生であつたとのこと、それについて意見を求められたから、日頃考へてゐることを率直にいふが、この事件は、たまたま現代日本文化の病根を拡大してみせたものであつて、いろいろな角度からこれを分析批評することはできるけれども、一言にしてこれを尽せば、「生活の貧しさ」そのものゝ現れなのである。
 どんな魅力のある女優にせよ、その舞台に接しようとする欲求が、尋常な形で示されてゐないこと、つまり、醜いなにものかを露出してゐることを自分自身気づかないといふところに、これらの群衆一人一人の「嗜み」のなさがうかがはれるばかりではない。評判になつたものなら、是が非でも話の種に観ておかねばならぬといふやうな心理が、いかにゆとりのないものであるかを考へると、それらの人々の日常生活がおよそ察せられるやうに思ふ。
 すなはちさういふ人々に限つてものゝ価値判断があやふやで、精神的にまつたく空虚な、従つて、ほかに心を愉しませるすべのない生活を送つてゐるに違ひないのである。
 時局がら不謹慎だといふ見方は別として、私は、偶然、その劇場に集つた人々だけを責める気はしない。現代日本人の大部分が、いま、さういふ傾向をたどりつつあるのであつて、私はむしろ、これについて教育家と為政者の猛省を促したいと思ふものである。



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