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生活の黎明
せいかつのれいめい
作品ID44678
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集25」 岩波書店
1991(平成3)年8月8日
初出「ラジオ放送」1941(昭和16)年8月18日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-03-29 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私は国民の一人として考へます。
 日支事変がはじまつて既に四年、しかもいはゆる聖戦の目的はまだその半ばをも達成してをりません。しかも、世界動乱の渦は欧洲大陸より太平洋に波及し、わが南北には文字通り、新たな国境――国を挙げて死守しなければならない明確な一線が地図の上に引かれたのであります。
 何処で何時、何が始まるかを、われわれは固唾を呑んで見戍つてゐるわけでありますが、実はそれらのこと一切は責任をとるべきものがとるのでありまして、われわれ国民は、何が何処でいつ起つてもびくともしないだけの準備を整へること、それだけが大切なのであります。
 国民の一人一人のこの覚悟は、すなはち、国の力となつて、いろいろな形で表れて参ります。
 第一には、もちろん、政治、軍事、外交、経済、産業、といふやうな国家活動が、必要に応じ、めざましく伸びて行きます。
 第二には、国民全体の生活が、無駄も隙もなくなり、がつちりと落ちついて来ます。
 ご承知のやうに、これからの戦争は、武力の戦ひだけではなく、国家の総力の戦ひだと云はれてをりますが、この総力といふ言葉の説明の仕方が、今までいくぶんはつきりしないところがあつたやうであります。経済戦とか、思想戦とか、宣伝戦とか、さういふ方面のことはしばしば耳にしたのでありますが、例へば、生活戦といふやうなことは、あまり皆さんもお聞きにならなかつたのではないかと思ひます。
 しかし、一般国民として、既に戦線にあるのもおなじだといふ心構へからすれば、日常生活、即ち、敵との戦ひを意味するのでありまして、敵はあらゆる手段を以て、直接間接にわれわれの日常生活を脅かさうとしてゐることに気づかなければなりません。
 物資の不足は、嘗ては戦争の偶然の結果と考へられもしたが、今日では、これがそのまゝ戦争の姿であり、敵の作戦がこれを目的としてをり、われわれがこれに対して戸惑ひすれば、それだけ、敵は凱歌をあげるのであります。
 買ひ溜めとか闇取引とかいふ行為は、従つて、国民相互の信頼と協力を困難にするものでありますから、これは明らかに、敵を利する裏切り行為であります。
 それほどのことゝは思はずに、われわれは、衣食住の上で、または人と人との接触の上で、つまり、日々の生活のあらゆる瞬間に、戦ひつゝある日本の力をすりへらし、敵国に乗ずる隙を与へてゐるのであります。
 生活の不安は、国民一人一人の心がしつかりと結びつけられてゐないところから来るのでありまして、日本のやうな国では、戦さがいくら続いても、例へば欧洲諸国のやうに、国内がまつたく饑饉状態に陥るなどゝいふことはあり得ないのであります。たゞ、現在のやうに、隣人相助けるといふ精神が薄く、誰かゞ困つてゐても見て見ぬふりをするものがなかなか多いといふ状態では、国民の一人一人が、なるほど安心してはゐられないやうな気持になるのは…

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