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文化運動への反省
ぶんかうんどうへのはんせい
副題――東北文化協議会講演――
――とうほくぶんかきょうぎかいこうえん――
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集25」 岩波書店
1991(平成3)年8月8日
初出「文学界 第九巻第一号」1942(昭和17)年1月1日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-04-03 / 2014-09-21
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 翼賛運動の発足と同時に文化新体制といふ声が起つてきました。この声に応じて、最も率直に、同時に最も欣然として立上つたものは、全国に於る知識層であつたと私は思ひます。その知識層の中で、特に情熱をもつてこの翼賛運動に参加しようとした人々は、文化運動の名の下に、新しい組織と活動とに着手したのであります。
 私共はかね/″\知識層に対する一部世間の批判に対し、その当否よりもむしろ、知識層に属する者の一員として、大きな憂ひを持つてゐました。果して我々知識層は、かういふ国家的な重大時局に当つて、その職域に於て、またその全人格をもつて、国家に御奉公することが出来ないのであらうかどうかといふことを、個人としてはもとより、お互ひ知識層の者としてその向ふべき道について深く思ひを致してゐたのであります。
 然るにその後、全国各地に澎湃として起つてきました文化運動の姿を見てゐますと、今日までかれこれと批判されてゐた知識層は、恐らく表面的に面目を一新したと考へられるものもあるかも知れませんが、私自身としましては、これこそ知識層本来の姿であるといひたいやうな、底力のある、しかも、あくまでも理想を追求してやまない逞しい精神に立つた一つの運動の姿を展開し始めたのであります。翼賛会の一員として加はつてをります私自身にとり、まことに力強く、また頼もしく感じてゐる次第であります。

 文化運動の意義と使命については、皆様方及び私達は既に共通の一つの理念を掴んでゐることを確信いたします。たゞ文化運動といふものが、それに拠つてゐるものの間には何等の疑がないのに、直接携つてゐない各方面の人々から、まだ一点疑義をさしはさまれてゐるといふ原因は何処にあるかと考へてみますと、やはり、文化運動がそれ/″\の専門の領域に於ては新しい意義と使命をもつて進められてゐるにも拘らず、自己の立場でのみこの運動を進めようとする傾きが、非常に多いといふ点にあるやうであります。私の考へでは、本来文化運動文化部門のいろ/\の専門領域に於てそれ/″\独自な進み方をして決して差支へないのだと思ひますけれども、現在の日本の実情に於てはまだ、これによつて外の領域と非常に離れてしまひ、つまり文化運動本来の姿であるところの綜合的な問題の採り上げ方をしないで、他の領域と無関係に事が進められてゐるやうな外貌を呈することがあると思ふのであります。
 例を挙げてみますと、或る村では保健衛生の問題が採り上げられ、これが一つの文化運動として進められてゐるといふ場合に保健衛生といふ専門的な立場で、勿論この問題が解決出来る筈でありますけれども、専門的な立場からのみ進めてゆくと、他の領域、例へば教育であるとか、経済であるとか、さういふやうな方面と十分な調和が保てないのであります。従つて保健衛生の立場から農村に奨励すべきいろ/\な事項が、農村の経済状態とか教育…

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