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文化職域について
ぶんかしょくいきについて
作品ID44705
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集26」 岩波書店
1991(平成3)年10月8日
初出「知性 第六巻第六号」1943(昭和18)年6月1日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-05-15 / 2016-04-14
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 大政翼賛運動の発足に先立つて、国民組織といふ問題が政治的に取りあげられ、更に、近衛内閣の出現と同時に、職域奉公といふ言葉が世上にひろまつた。
 そもそも国民組織とは何を指すのか、大政翼賛会の最近までの機構には組織局なる一部門が設けられ、地域的組織と並んで、職域の組織が企図され、その一部は実現をみたのであるが、この場合に於てすら、確乎たる組織理論といふものはなく、特に、職域組織に関しては、職域の綜合的調査の上に樹てられた計画はなかつたやうである。
 近衛声明が、いはゆる、政治、経済、文化の三領域を明らかに区別し、それぞれの改革を新体制の名で呼んだことはまだわれわれの記憶に残つてゐる。そこで、おのづから「文化」といふ領域が、政治、経済と並んだ国家機構の一要素であると同時に、国民職域の一分野であるといふ観念が作られ、一応それで通用はするが、実際はそれがために、却つて不都合な事情も生ずるといふやうな結果になつたのである。なぜなら、どんな「文化」機構も、政治や経済からまつたく独立して存在するといふやうなものはなく、一例を挙げれば、「演劇映画」の如きは製作機構そのものが、一つの完全な経済組織と云つて差支ないのである。更にまた、「教育」といふ部門をとつてみても、これは、国家の教育政策に基き、その運営は殆ど行政事務につながつてゐるばかりでなく、学校経営といふ財政的な一面を外にして、教育事業を考へることは出来ないのである。
 逆に、政治や経済も亦、「文化」領域と無縁なものでない。政治の立場からみれば、既に「文化政策」といふ言葉もあり、すべての経済機構のなかに、「技術」といふやうな純然たる文化職能が含まれ、かつ、人的資源を擁する以上、厚生に関する諸種の施設を必要とするが如き、これである。



 今日の時代に於ては、もはや、如何なる職業も、国家目的を無視して存在し得ず、如何なる職域も、他の職域のいづれもから孤立することは許されない。
 従つて、職業そのものゝ性格も非常に変つて来た。そればかりでなく、在来の職業といふ観念には、どうかすると当てはまらない職業の数々が新しく生れる傾向すらあるのである。
 ある会合で話にも出たのだが、今日でもなほ、「月給取り」(サラリーマン)といふ言葉があり、これは、恰も、一つの職業を指すかの如き印象を与へる言葉となつてゐるが、こんな不思議なことはないといふのである。勤め人と云へばそれでもいくぶん穏かのやうであるが、これすら、凡そ、職業の精神を閑却した無意味極まる名称である。
 いつたいに、職業を選ぶ標準なるものが、従来、極めて曖昧であつて、なかには、公然と口にできないほどの「さもしさ」が、公然と許されてゐる場合さへあつた。
 さうでなくても、職業そのものゝ実体を究めずして、職に就くものが多く、まして、自分の前途にどんな道が拓かれてゐるかを、…

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