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旅からのはがき
たびからのはがき
作品ID4472
著者水野 葉舟
文字遣い新字新仮名
底本 「遠野へ」 葉舟会
1987(昭和62)年4月25日
入力者林幸雄
校正者今井忠夫
公開 / 更新2004-03-28 / 2015-07-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   今、花巻に着いた

 九時、今、花巻に着いた。目的地の遠野行きの馬車はすぐ出るんだが、道はずいぶん遠いそうだし、それにそういそぐわけではなし、昨晩はろくに眠れなかったから、今日は一日ここで眠ろうと定めた。こんな事なら仙台で降りればよかった、と思ってる。
 ここに来て、今、S君に電報を打った。花巻。斉藤旅館にて。

   寂しいもんだ

 知らぬ土地の旅舎で一人ぽつねんとしているってことは寂しいことだ。僕は何だか、とんでもないところに来たような気がするほど寂しい。寂しい。だから君にはがきを書く。一層寝ちまえ? 夜八時、花巻にて、M生。

   今、花巻を発つ

 午前九時、前の街道に馬車が来た。今これからそれに乗って、ここを発つのだ。二三日前、遠野へ行く途中、この馬車が猿ヶ石川の断崖にさしかかるところで転覆したそうだ。それで、今朝も宿屋の人達に道の悪いこと、馬車の危険なことなどを散々に言っておどかされた。
 しかし、遠野に行くのには、この馬車に乗るより外に、何の方法もないのだ。人車はあるが、六円の七円のと言ってとても僕等の手に合う筈はない。でも危険だと言われると、さすがに不安だ。旅に出るとよくこんな目に逢う。人の悪い奴等だ。でも馬車に乗るときめた。
 そして、この朝からの愚痴を、君に書いたのだ。ちょうど馬車が急に動き出さないものだからね、その間に。……二日、花巻の町はずれにて、M生。

   猿ヶ石川の川岸にて

 あれから花巻の町はずれで、また北上川を渡った。長い長い船橋だった。今は、猿ヶ石川の岸に沿った断崖の上を通りすぎて、ちょっとした村で馬車がとまった。散々おどかされた途中は、先ず無事だった。
 これから、遠野まで六里だそうだ。まだ大分ゆられなくっちゃ目的地には着けないんだ。もううんざりしている。午後二時すぎ、M生。

   夜――吹雪

 今やっと遠野に着いた。夜の十時半だ。
 日はちょうど、宮守と鱒沢との間で暮れた。山の中腹を縫った道を永いあいだ馬車が駆けて行くうちに、四辺が次第に暗くなって来た。おまけに雪が降り出した。鱒沢を過ぎる頃にはもう吹雪だ。馬車に腰をかけて肩から上のところは窓、その窓に垂幕があるばかり、外の雪は容赦なく吹き込んでくる。寒さにたえられぬ。僕は外套でしっかりとからだを包んで坐っていた。足の先が切れるかと思うほど冷かった。
 その吹雪の中を馬車が鱒沢を出て小一里も来たろう。路傍に並木のあるのが見えるところで止った。すると後の馬車から誰かが降りたらしく、
「お休みなんし!」と言って黒影がちらと見えたと思ったら、どこかに消えてしまった。
僕は何だか不思議なものを見るような気がした。
 それからまた一走り、遠野の町にはいると、さすがにどことなく明るい。で今、途中で聞いた遠野で一番だと言う宿屋の高善と言うのに着いたところだ。何はとも…

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