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助五郎余罪
すけごろうよざい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「「探偵趣味」傑作選 幻の探偵雑誌2」 光文社文庫、光文社
2000(平成12)年4月20日
初出「探偵趣味」1926(大正15)年12月号
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2005-08-17 / 2014-09-18
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一

 慶応生れの江戸っ児天下の助五郎は寄席の下足番だが、頼まれれば何でもする。一番好きなのは選挙と侠客だ。だからちょぼ一仲間では相当な顔役にもなっているし、怖い団体にも二つ三つ属している。
「一つ心配しやしょう」
 天下の助五郎がこう言ったが最後、大概の掛合いは勝ちになる。始めから棄身なんだから暴力団取締の法律なんか助五郎老の金儲けにはすこしも影響しない。その助五郎が明治湯の流し場に大胡座をかいて、二の腕へ刺った自慢の天狗の面を豆絞りで擦りながら、さっきから兎のように聞き耳を立てているんだから事は穏かでない。正午近い銭湯はすいていた。ただ濛々と湯気の罩めた湯槽に腰かけて坊主頭の若造と白髪の老人とが、何かしきりに饒舌りあっている。
「それで何かえ」と老人は湯をじゃぶじゃぶいわせながら、「豊住さんの傷は大きいのかえ?」
「投げられた拍子に石ころで肋を打ちやしてね、おまけに溝板を蹴上げて頤を叩いたもんでげすから、今見舞いに寄ってみたら、あの気丈なお師匠さんが蒲団をかぶってうんうん唸ってやしたよ。通り魔だか何だか知らねえけど、隠居の前だが、はずみってものあ怖えもんさ。師匠も今年ゃ丁度だからなあに、あれで落したってわけでげしょう、なんてね、あっしぁお内儀に気休みを言って来ましたのさ」
「四二かい?」
「お手の筋でさあ。だがね、東京の真ん中でせえこう物騒な世の中になっちゃあ、大きな声じゃ言われもしねえが、ねえ、ご隠居、現内閣ももうあんまり長えこたあるめえと、こうあっしゃ白眼みますよ。いえ、まったく」
「国乱れて乱臣出ず、なかと言うてな」と老人は妙な古言を一つ引いてから、「箱根から彼方の化物が、大かたこっちへ移みかえたものじゃろうて」
「違えねえ」
 坊主頭は大きく頷首いた。湯水の音が一としきり話しを消す。助五郎は軽石を探すような様子をしてふいと立ち上った。二人の遣り取りが続く。
「宵の口に町を歩いてる人間が、いきなり取って投げられるなんて――」
「まず妖怪変化の業じゃろうな」
「なにさ、それが厄でさあ。もっとも、相手は確かに人間さまだったってますがね、さて、そいつが何処のどいつだか皆目判らねえてんでげすから、世話ぁねえ」
「師匠は何かい、身に恨みでも受ける覚えがあるのかえ?」
 老人はこう言いながら湯槽へ沈んだ。
「お熱かござんせんか」と若造が訊いた。つづいて背後の破目板の銓を捻った。そして、
「なにしろ、これだからね」
 と両の拳を鼻さきへ積んで見せた。
 二三人這入って来た。湯を打つ水音に呑まれて、二人の声はもう助五郎の耳へは入らなかった。
 助五郎も聞こうとはしなかった。自暴のように陸湯を浴びた彼は、眼をぎょろりと光らせたまま板の間へ上って行って籠の中から着たきり雀の浴衣を振って引っ掛けると、蠅の浮いている河鹿の水磐を横眼で白眼みながら、ぶらりと明治湯…

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