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軌道(黙劇)
レール(もくげき)
作品ID44767
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集1」 岩波書店
1989(平成元)年11月8日
初出「演劇新潮 第二年第一号」1925(大正14)年1月1日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-01-30 / 2016-04-13
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

人物
女。
男。
酔漢。
駅夫。

場所
大都会の郊外に通ずる高速電車の小停留場。

時代
現代。
[#改ページ]

舞台はプラツトフオームである。
正面に腰掛。
終電車の時刻。
初夏。
自称紳士風の酔漢が、ただ一人、腰掛の上に横はつてゐる。
電話の呼鈴。

職業婦人らしくも見え、それにしては、やや夢想家らしい、それで、どことなく、多分口元であらう――冷たい魅力といふやうなものを有つた女、二十四五である、小走りに入り来る。
酔漢から、やや離れて、腰をかける。
手提袋から大形の角封筒を出す。手紙であるが、その封を切つて、中身を読む。
無表情。

その間に、一人の若い洋服――学生の臭ひがまだ抜けきらない中折帽の被り方――が、これは、悠然と、入り来り、勿論、電車を待つものの、気ぜはしい心持で、それとなく、女の方を盗み見ながら、プラツトフオームを行つたり来たりする。

女は、それに頓着なく、手紙を読み終り、殆ど、後悔したもののやうに、それを引裂き、が、一寸棄て場に困つて、手提袋の中にしまふ。

男は、流石に、此の態度に気を惹かれたらしく、うつかり、立ち止つてゐる。

女は、此の時、男の顔を見上げる。
男は、慌てて女の視線を避ける。と、同時に歩き出す。
女は、それを、眼で追ふ。
男が、「廻れ右」をする、その序に、素早く、かすめるやうに、女を見る。
が、丁度、意外に、二人の視線が合ふ。男は、極めて、初心に、まごつく。それは、思ひ出したやうに、ヅボンの裾を払ふのである。一、二、三と、意味ありげに、指を折つて見るのである。
女は、やや皮肉に、笑ふ。失笑である。が、顔ほどに、心は嗤つてゐない。
これが、男を考へさせる。その考へ込み方は、かなり平静を欠いてゐる。そして、その考への延長とも思はれるやうに、改札口の方へ姿を消す。

女は、プラツトフオームの縁に歩み寄る。それは、電車がもう来さうなものだと思ふ時の、誰でもがする動作である。

突然、前の男が現はれる。快活な、然し、相当慎み深い青年が、ある決心を促されてゐる時のやうな、興奮を示してゐる。

その跫音で、女は振り返る。
男は、その刹那、一種異様な笑顔を作る。蓋し、計画してゐた笑ひである。思ひ切つた笑ひ方である。が、結局、悔恨、嘆願、自嘲、弁疏、さういふ感情の、極めて複雑な表示になる。そして、それが、だんだん、憂鬱にさへなつて来る。

女が、今度は、ぷいと眼を反らす。それから、考へさせられる。然し、その考へ方は、心憎いまで、平静である。寧ろ冷静である。この時、彼の女の夢想家らしい表情が、最もあざやかに浮んで来る。

男は、絶望的に、腰を卸ろす。
女は、ふと、何かを思ひつめたやうに、急いで、とは云ふものの、その急ぎ方は、今度こそ、わざとらしい、寧ろ、急ぎたくない、ただ、急いでゐるらしく見せかければいい、さういふ調子で、改札口の…

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