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遂に「知らん」文六(三場)
ついに「しらん」ぶんろく(さんば)
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集2」 岩波書店
1990(平成2)年2月8日
初出「週刊朝日 第十一巻第一号」1927(昭和2)年1月1日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-02-20 / 2014-09-16
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

河津文六
妻 おせい
倅 廉太
娘 おちか
梶本京作
お園
其他 亡者、鬼など大勢

時――大正×××年一月三十二日

処――大都会の場末
[#改ページ]


第一場

舞台は麺麭屋の店に続いた茶の間であるが、正面は障子の心もちにて全体に白幕。――プロセニウムに近く、炬燵に向ひ合つて、文六とおせい。――極度の不安。
家具類は置く必要なし。――夜である。
文六は、独酌で盃を傾ける。もう、大分酔ひがまはつてゐる。

おせいは、時々袖を眼にあてる。
天井裏で、ゴトンといふ音。二人――殊に文六は、水をひつかけられたやうに首を縮める。二人は、笑ひもせず、顔を見合はす。

文六  廉太のやつ、一体、何処へ行つてやがるんだらう、今ごろまで……。

(沈黙)

おせい  ほんとなんでせうかね、一体、地球がつぶれるなんて……。

(沈黙)

文六  (頤で二階を指し)おちかは、もう呼ばんでいゝか。
おせい  いゝぢやありませんか。どうせ今夜限りの命なら、一つ時でも、先生のそばに……。
文六  それがいゝことかどうか、おれにはまだわからん。

(遠くの方から賑やかな楽隊の音がだん/\はつきり聞えて来る。群集の歌ひ喚く声。やがて、正面の白幕に一団の人影が映る。舞踏者の群れである。男女の入り乱れ、踊り狂ふ光景が暫く続く)

文六  (独言のやうに)また始まつたな。
おせい  (これも独言のやうに)どういふつもりでゐるんだらうね、あの人達は。

(楽隊の音次第に遠ざかり、人影消え去る。長い間)

文六  (居眠りをしはじめる)
おせい  あんた、風邪を引きますよ。
文六  (夢現にて)おれは、何んにも悪いことをした覚えはない。
おせい  ねえ、あたし一人、ほうつといちや、いやですよ。
文六  うん……? いま、すぐだよ。
おせい  あんたつてば……なんて呑気な人でせうね。居眠りなんかしてる場合ですか。
文六  うん……お前にはいろ/\苦労をかけたよ。

(遠くから、今度は三味線と太鼓、笛などの囃子が聞えて来る。それがだん/\近づくと、白幕に、三味線を弾くもの、太鼓を叩くもの、笛を吹くもの、扇子をかゝげて舞ひ歩くものなどの影が遠くまた近く映る)

おせい  あんた。
文六  (答へない)

(囃子遠ざかり、人々去る。間。突然、二つの人影が現はれる。両方とも刃物を振り上げて、身構へる。時計が十一時。おせい、驚いて、文六の傍に身を寄せる。立廻りが始まる)

おせい  (悸えて)あんた、いよ/\時間ですよ、もう……。
文六  (答へない)

(一つの影が、もう一つの影に触れたと思ふと、一方が、ばつたり倒れる。おせい、文六の肩に顔を押しあてる。一つの影、走り去る。遠くで、人を呼ぶ声)
――幕――


第二場

左手に厳めしき城門。その並びに、「受付」と書いた窓口。
舞台中央に一列のベンチ。「亡…

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